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「終バスは10時」「タクシーは1時間待ち」…当初は鉄道がなく“通勤地獄”だった「多摩ニュータウン」を≪アナログ写真≫とともに振り返る

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(1976年1月28日、豊永邦男撮影)
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高度経済成長期が終焉を迎えたのは、1970年代半ば。同時期には、終戦直後生まれの団塊の世代が成人し、家庭を持つようになっていた。

「ニュータウン」という新たな市街地開発

それまでも、都市部への人口集中による住宅不足が深刻な社会問題となっていたが、この時代に一層の住宅供給が必要となった。そこで、全国の大都市周辺地域で進められたのが、「ニュータウン」という新たな市街地開発だった。

郊外にある、それまでは農地や野原だった土地を造成し、新たな街区を計画。そこに住宅を大量に建設し、同時に交通や生活インフラも整備するというものだ。

首都圏では、都心から30〜40キロ離れた多摩、神奈川県の港北、千葉などで、そうしたニュータウン開発が行われた。

多摩ニュータウン(1971年11月1日、高橋孫一郎撮影)
百草団地(1971年11月1日、高橋孫一郎撮影)

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