ノーベル経済学賞はあくまで生身の人間が授賞を決めるもの。2025年は受賞者の業績に詳しい選考委員が複数いた
──ノーベル経済学賞には、経済学界と社会の双方に向けて発表される賞という両面がありそうです。研究の特筆すべき点、選考委員会から社会へのメッセージについては前編で伺いましたが、経済学界において、今回の受賞にはどんな意味があったのでしょうか。
ノーベル経済学賞には、新しい研究によって経済学界に大きな影響を与えた研究者や、長らく学界に貢献している研究者たちへの「名誉賞」的な側面がある。
今回の受賞者の中でも特にアギヨンは、直接の受賞理由だけではなく多くの分野に貢献のある超大御所。例えば、私の指導教授だったプリンストン大学のパトリック・ボルトン教授とは金融契約のモデルに関する理論研究を、2014年にノーベル賞を受賞したジャン・ティロールとはコーポレートガバナンスの有名な研究をしている。ありとあらゆる分野で重要な貢献をしている研究者だ。
選考委員の思惑として、いつかアギヨンにノーベル賞を、というのはあったと思う。もちろん、受賞理由自体も納得できるものだったけれども。
アギヨンの単独受賞ではない理由
──3人の共同受賞で賞の半分はモキイアに授与されましたが、メインはアギヨンだったと。
圧倒的にアギヨンだろう。では、選考委員たちがアギヨンに授賞しようとなったときに、どうするか。ノーベル賞は個人に対して授与するものではなく、業績に対して与えられる賞だ。そして、アギヨンの最も重要な業績が何かと言ったら、ホーウィットとの共同研究。よって、アギヨンの単独受賞ではバランスが悪い。
そこで、ホーウィットと共同で書いた1992年の論文を中心に据え、従来の経済学の論文ではあまり考えられていなかった「創造的破壊やイノベーションという要素を経済成長モデルの中に取り込んだ研究」に授賞する、と。
意外だったのはジョエル・モキイアも同時に受賞したことだ。彼は経済史の専門家で、米ノースウエスタン大学教授。経済史の世界では非常に高名な研究者だが、他分野の研究者にまで広く知られているかというと、そうではないように思う。
アギヨンの著書『創造的破壊の力』でモキイアの業績が大きく取り上げられており、最近邦訳が出版された経済成長論の好著、ダニエル・サスキンド『GROWTH』にも登場しているので、間接的に触れたことのある人は多いかもしれないが。
──ノーベル経済学賞では、歴史系の研究の受賞が3年続いていますね。
それには、私も含めて多くの経済学者が驚いた。経済史分野からは過去にも多くの研究者が受賞しているが、2023年、24年も歴史に関連する研究をしている人たちが受賞した。ただ、24年のダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン、ジェイムズ・ロビンソンは、単に歴史的な資料の収集をしたのではなく、手法自体は現代的なミクロ経済学の実証フレームワークなので、実証ミクロ研究と見えなくもない。




















無料会員登録はこちら
ログインはこちら