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「放っておいたらイノベーションは枯渇する」。ノーベル経済学賞は一貫して「市場の失敗」への警鐘を鳴らしてきた

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*2025年12月14日13:00まで無料の会員登録で全文をお読みいただけます。それ以降は有料会員限定となります。
2025年のノーベル経済学賞受賞者3人(写真:ロイター/アフロ)
12月10日、2025年のノーベル経済学賞授賞式が行われ、米ノースウエスタン大学のジョエル・モキイア氏、仏コレージュ・ド・フランスのフィリップ・アギヨン氏、米ブラウン大学のピーター・ホーウィット氏が賞を受けた。今回の受賞者が発表されて以降、経済成長の要因としての「イノベーション(創造的破壊)」に改めて注目が集まっている。
今回の授賞理由となった研究の解説、今回の授賞の意味づけや含意、ノーベル経済学賞のあり方まで、ノーベル経済学賞や経済学全般に詳しい政策研究大学院大学の安田洋祐教授に幅広く聞いた。前後編の前編(以下、敬称略)
後編:ノーベル経済学賞の選考委員も生身の人間だ

──2025年のノーベル経済学賞は「イノベーション主導の経済成長」を解明した3人の研究者に授与されました。ここ数年を振り返ると、24年は「収奪的、あるいは包摂的な社会制度が国家の繁栄に与える影響」、23年は「労働市場において女性の直面する苦境」に着目した研究が受賞。どこか通底するテーマが感じられました。そんな前の2年に対し、25年はガラッと印象が変わった気がします。

私からすると、ここ3年のノーベル経済学賞には一貫して、「市場に任せるとうまくいかないことがある」というメッセージを感じる。広い意味での「市場の失敗」に対する問題意識だ。

23年受賞者のクラウディア・ゴールディン氏は労働市場でジェンダー格差が生じることには一定の理由があると指摘した。レッセフェールでは解消されない、個人の力ではどうしようもない働き方の問題が、女性にとっては壁として存在してきたわけだ。

24年受賞者のダロン・アセモグルらも問題意識は共通している。国家の経済的な繁栄は約束されているわけではなく、ひとたび収奪的な制度に陥ってしまったら、その国は繁栄できなくなる。歴史的な初期条件の違いや、文化の違いなど多くの要因がある中で、制度の形成過程をなすがままにはせず、包摂的な経済制度を選び取っていくことが重要である、と。

25年、今回のイノベーションに関する分析も、持続的な経済成長は放っておいて実現するわけではない、市場任せではうまくいかないかもしれない、という問題意識を呼び起こす。

選考委員が強く主張するように、この200年の先進国を中心とした持続的な経済成長は、18世紀以前はまったく当たり前のものではなかった。

イノベーションは当たり前ではない

──私たちは、持続的な経済成長を前提に国内経済や世界経済を見ているところがあります。

ところが、長い歴史からすると、運よく経済成長が持続してきた特殊な期間がこの200年だ。そんな時代に生まれた私たちは、経済成長も、その要因である持続的なイノベーションも、当たり前のものと認識してしまっているが、放っておいたらイノベーションは枯渇するかもしれない。

そこでノーベル経済学賞の選考委員らは、今後ますます企業や人に着目しつつイノベーションの発生を解明・分析していくことが必要である、と。これは「市場の失敗」を念頭に置いたメッセージだろう。

そのように見ると、この3年の受賞者は、広い意味での「市場の失敗」を乗り越えるための研究をした人たちというふうに捉えることができる。

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