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「“卒業証書らしきもの”を見せたけど」東洋大学卒業ではなく除籍でした…静岡県伊東市・田久保真紀市長の《“学歴詐称”よりヤバかったこと》

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  • 増沢 隆太 東北大学特任教授/危機管理コミュニケーション専門家
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「経歴を偽る意図があったかどうか」「議長に提示した証拠書類と呼ばれるものの中身が何であったか」という質問に論点ずらしで答えない行為は、経歴詐称よりも大きな問題なのではないのでしょうか。

もし素直に謝っていたら……

歴史に「if(もし)」はありません。しかし会見の場で、弁護士の方が「法的には問題がない」と説明していたことが正しいのであれば、対応によっては流れが変わった可能性もゼロではないかもしれません。

むしろ、こういった問題ではそのわずかなチャンスに賭ける以外の対応はしようがないのです。

謝罪では、自分の非を全面的に認め、自らの愚かさを含めてダメっぷりを開示することが大切です。

「卒業したのか、しなかったのか、当時の状況や自分のチャランポランな生き方のせいでよくわからなかった。しかし単位もすべて取得していたし、4年の3月まで籍があったので勝手に卒業だと思い込んでいた。自分がうかつであり、申し訳なかった」

このような感じで、自分の愚かさを認めることは、こうした事案では決定的に重要です。自らの非を否定したり説明から逃げたりして事態を乗り切れた人はいないでしょう。市長は会見で除籍の経緯を調べると説明していましたが、そんなことは問題ではないのです。

市長自身にだます意図があったのか、それが愚かなだけで悪質なものでは無かったと、受け手である伊東市民が思えるかどうかがカギなのです。

人間としての弱さやずるさ、だらしなさを積極的に開示し、誠心誠意、謝罪することで、納得感が生まれる可能性はあります。いや、それ以外に政治家としての業務を継続することは不可能でしょう。自己正当化や他人のせい(この場合、告発文書)にするという説明で納得する人などいないでしょう。

これまで経歴を偽って表舞台から去った人はたくさんいます。政治家でも、芸能人でも、詐称を正当化できた人はいません。証明すべきことは自身の正当性ではなく、本来の仕事の実力があるかどうかです。人としての弱さがあっても、その仕事での実力が評価されているなら、再び業務に就ける道がありうると思います。

しかし今回の会見は、市長としての職務を継続することも危ぶまれるほど、ひどい結果となったのではないかと思っています。

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