「どんな人生を送りたいのか」フワっとしている人が陥りがち…“仕事>人生”という本末転倒。脱するにはどうすればいいのか

✎ 1〜 ✎ 343 ✎ 344 ✎ 345 ✎ 346
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

そうならない為にも、キチンとした人生計画を持っていることが大切になってくる。

「何歳まで働くか」の選択理由

仕事との関係でいくと、定年とされる年齢もどんどん引き上げられている状況もあり、何歳まで働くか、は昨今大きなテーマである。

65歳までなのか、55歳までなのか、それとも一生働き続けるのか。

繰り返しだが、ここでも大切なのは、「自分自身の選択によって」何歳まで働くのか、を考えられるのか、それとも状況的に「そうせざるをえないのか」、は大きな違いがある。

何となく働いてきて、何となく消費してきて、周りと同じような(と勝手に自分が思い込んだ)生活をしてきたら老後の備えや準備がまったくなっていなかった、なんて状態では選択肢が非常に絞られるのは言うまでもない。

働き続けるしかない、ということだ。

反対に、例えば社会との接点や社会の中における自分を見失わない為の手段として仕事を位置づけていたり、または人生における潤滑油として仕事を位置づけている場合は、「喜んで」一生働き続ける、という選択肢を「自ら」取るハズだ。

同じ一生働く、という状態でも前者と後者ではその位置づけも、人生における満足度も異なることは言うまでもないだろう。

要は、そういったことを常日頃考えて行動してきたか否かの違いだ。

60歳や55歳までは今の職業を継続して、それ以降は社会貢献もかねて半分ボランティア的な仕事にしたり、または自分が以前から興味のあったまったく別の分野の仕事に挑戦してみる。

当然そんな生き方もアリだろう。

その前提でいくと、給与を含む待遇も社会的地位も今までとは異なってくることになるが、そこを含めて想定内とし、むしろそのリセットを楽しめるようなマインドを事前に所与の前提として持っておく。

そう聞くだけで人生を楽しんでいる感も感じられるだろう。

少なくとも、定年退職したらやることもなくなり、付き合いもなくなり、居場所もない、というような人生よりは充実した人生と呼べるに違いない。

人生計画を持たずに、目先の仕事のみを考える人生およびその仕事のみによって人生が左右されるような生き方をしていては、「ないないづくし」の人生が待っていることは確かだろう。

ちなみに、過去の本連載や拙著などでも紹介してきた、「まずは職業人として成功するべく35歳までは仕事中心の人生、それ以降は人生の幅を広げ、人間としての深みを出すべく仕事以外のことにも目を向ける」という私自身が学生時代に立てた計画も自分自身の人生観の一部を形成するものだ。

就職氷河期世代と呼ばれる世代であったからこそ、能動的に人生を生き、戦略的にキャリア形成を図ることの重要性を自分なりに考えていた、ということだ。

次ページはこちら
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事