「臓器提供したくない妻と、そんな妻に財産を残したくない夫」困難を極める”ドナー候補の家族”の意思確認の実際

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あるいは夫に隠れて妻が臓器斡旋組織を訪れ、「夫に海外で移植してやってほしい」と訴えるケースさえある。

遺伝性の場合の葛藤「誰に提供するか」

慢性腎不全の原因は、腎臓自体が病態を持つ一次性のものと、そうではない二次性のものがあり、一次性の代表的なものはIgA腎症だ。血尿やタンパク尿などの症状が現れる慢性糸球体腎炎の一種で、日本人を含むアジア人に多い病気とされる。

生活習慣病に起因する二次性のものでは、糖尿病性腎症、高血圧性腎症(腎硬化症)などがある。

『臓器ブローカー すがる患者をむさぼり喰う業者たち』(幻冬舎新書)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

この他には遺伝性のものもある。

斉木さん(前回記事参照)は妻を最初からドナー候補から外した。
「いくら夫婦だからといって妻の意思を尊重しなければならないと思った。それに子供の将来も考えた」

日本の移植医療は世界のトップレベルにあるとはいえ、まったく不安がないわけではない。父親が倒れ、臓器を提供した妻までも体調不良になれば、誰が2人の子供を育てるのか。

「それに……」

万が一にも子供にも自分と同じ症状が出た時、誰が腎臓を提供するのか。それを考えると、妻にドナーになってくれとは決して頼めない。

斉木さんは、70歳を過ぎた母親が健在だった。母親を説得し、一緒に東京女子医科大学病院を訪ねた。移植医から手術についての説明を受けた。母は臓器提供に同意し、移植のために血液型やHLA検査がなされた。マッチングには何の問題もなかった。しかし、土壇場で母親の意思が翻った。

「もう少し元気に長生きして、孫たちの成長を1年でも長く見守りたい……」

母親からの臓器提供は暗礁に乗り上げた。

――あなたの孫を一人前に育てるために、俺にはオフクロの腎臓が必要なんだ。

そんな言葉が喉まで出かかった。必死にそれを飲みこみ、新たな移植の道を模索するしかなかった。

斉木さんのようなケースは他にもある。

父親は早くに他界、母親が慢性腎不全になり、透析を受けていた。一人娘が母に腎臓を提供しようとしたが、母親は娘の将来を思ってそれを強く拒絶した。

日本臓器移植ネットワークからの移植は望めない。死期が迫りくる母親に長女が思いあまっておじに相談した。

「おじさんの臓器を母親に提供してもらえないだろうか」

おじが答えた。

「すまないがあきらめてくれ。俺の腎臓は、俺の子のために残しておきたいんだ」

経済的余裕があれば渡航移植で命をつなぐことも可能だが、その資金がなければ、いつ来るともしれない日本臓器移植ネットワークからの連絡を待ち続けるしかないのが現実だ。

高橋 幸春 ノンフィクション作家、小説家

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たかはし ゆきはる / Yukiharu Takahashi

1950年、埼玉県生まれ。早稲田大学を卒業後、ブラジルへ移住。1975年から3年間、サンパウロで発行されている邦字新聞「パウリスタ新聞」(現・ブラジル日報)の記者を務める。帰国後、高橋幸春のペンネームでノンフィクションを執筆。2000年からは麻野涼名義で小説も手がける。ノンフィクションに『カリブ海の「楽園」』(潮ノンフィクション賞受賞)、『蒼氓の大地』(講談社ノンフィクション賞受賞)、小説に『天皇の船』(江戸川乱歩賞候補「大河の殺意」を改題)、『国籍不明』(大藪春彦賞候補)、ドラマ化された『死の臓器』などがある

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