トランプ政権の「マールアラーゴ合意」構想、関税からドル安誘導へ。経済と安保の一体化が招く世界秩序の再編

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具体的には、トランプ関税で中国製品をアメリカ市場から締め出す一方、ドル安誘導で中国が保有するアメリカ国債などドル建て資産を実質的に目減りさせる(中国は今や世界最大のドル保有国だ)。

さらには関税や為替などの経済政策を安保政策と結び付けることで、(一部品目に対する関税の適用除外や税率を下げるなどの条件と引き換えに)日本や韓国など同盟国の防衛費を大幅に増額させて、中国包囲網を強化することを目指している。

失墜するアメリカへの信頼

ただ、こうした大胆な政策は、実現すれば確かにアメリカに有利に働くかもしれないが、一方で世界経済に深刻な混乱を引き起こすリスクも孕んでいる。

ミラン氏自身も論文の中で「これらの政策を副作用なく実施できる道筋は非常に狭い」と認めるように、「市場の信頼性」「金融政策の独立性」「同盟国との関係」など、いくつもの点において危機的状況を招く恐れがある。

特にアメリカ自身にとって問題なのは「世界の基軸通貨」であるドルの信認を自ら揺るがしかねない点だ。基軸通貨あるいは準備通貨としてのドルは単に経済的論理からその価値が保証されているのではなく、むしろ「アメリカは確固たる法治国家であり、そこでは私有財産権が守られる」という信頼が根底にある。

しかしドルが「強制的に引き下げられる通貨」になれば、その信頼が崩れ、世界市場における投資家の資金が他に流れるかもしれない。

また安全保障という軍事的な「てこ」を通商交渉に組み込むやり方も、第2次大戦以降に築いてきた国際秩序を根底から覆すものだ。たとえ短期的に成果が出たとしても、長期的にはやはり「アメリカへの信頼」という大切な無形資産を損なう恐れがある。

特に今回2期目のトランプ大統領はグリーンランドをデンマークから譲り受けるために「軍事力の行使も辞さない」と(する旨を)述べたり、カナダを「51番目の州として併合したい」などと公言している。

ただでさえアメリカに対する世界的な警戒感が高まる中で、今後マールアラーゴ合意のような奇策を本当に強行すればその信頼性は傷つくどころか失墜してしまう。日本をはじめ同盟国・友好国の政府関係者や経済人の多くはそれが回避されることを願っているはずだが、既に序盤の関税政策だけでもアメリカへの信頼は相当落ちてしまったと言わざるをえないだろう。

小林 雅一 KDDI総合研究所リサーチフェロー、情報セキュリティ大学院大学客員准教授

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こばやし まさかず / Masakazu Kobayashi

東京大学理学部物理学科卒業、同大学院理学系研究科を修了後、雑誌記者などを経てボストン大学に留学、マスコミ論を専攻。ニューヨークで新聞社勤務、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所などで教鞭を執った後、現職。著書に『クラウドからAIへ──アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場』(朝日新書)、『AIの衝撃──人工知能は人類の敵か』(講談社現代新書)、『生成AI──「ChatGPT」を支える技術はどのようにビジネスを変え、人間の創造性を揺るがすのか?』(ダイヤモンド社)など多数。

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