トランプ政権の「マールアラーゴ合意」構想、関税からドル安誘導へ。経済と安保の一体化が招く世界秩序の再編
それによれば「関税の導入で(アメリカの)貿易収支が改善すれば、それに連動して通貨(ドル)の価値が上がるので、結果的にアメリカの輸入価格は変わらずインフレも発生しない」という。実際、2018〜2019年の米中貿易戦争では、中国に対する平均18%の関税引き上げに対して人民元は(対ドルで)約14%下落し、輸入価格の上昇はほぼ抑えられたという。
ただその通りだとすれば、そもそも「ドル安誘導」という本来の目標に反するはずだ。この点についてミラン氏は、関税を導入した直後の為替変動と長期的なトレンドは一致しないと断っている。
それによれば「関税と為替の相殺」メカニズムは、通貨が市場で柔軟に変動することを前提としている。しかし基軸通貨としてのドルに対しては、貿易に依存する新興国など多くの国が為替介入などを通じて自国通貨を安く抑えようとする。その結果、ドルは慢性的に過大評価される傾向にあり、アメリカの輸出競争力は失われるという。
マールアラーゴ合意とは、こうした構造的なドル高圧力を関税の導入によって打ち消そうとする試みだ。この点で確かに1985年のプラザ合意と重なるが、両者の違いは、プラザ合意が米日欧の協調によって実現されたのに対し、マールアラーゴ合意はアメリカ側の一方的な関税圧力によって世界各国を強引に従わせようとする点にある。
通商政策と安全保障が一体化する
こうしたトランプ政権の構想は、単なる経済政策の枠を超えて安全保障政策とも密接に結び付いている。
ミラン氏は論文の中で「通商政策と安全保障政策は切り離せない」と述べ、「(トランプ)関税に報復措置を取った国に対して、アメリカは軍事的防衛義務の見直しも辞さない」と明記している。つまり「(アメリカから見て)公正な貿易の傘に入らない国は、(アメリカによる)防衛の傘からも外れる」という論理である。
これは単なる「ブラフ(はったり)」ではないかもしれない。1期目のトランプ大統領は「NATO加盟国が防衛費を増額しなければ、アメリカも欧州を防衛する義務はない」と(する旨を)主張し、日本や韓国にも「もっと防衛費を負担すべきだ」と繰り返し求めてきた。
今回仮にミラン氏らの構想が実現すれば、関税や通貨政策などの経済交渉において「安全保障(つまり軍事)」という異分野のカードが切られる未知の局面に突入する。
そこで意識されているのは言うまでもなく中国だ。ミラン氏らトランプ政権ブレーンは、中国との経済的な「デカップリング(切り離し)」を単なる通商政策ではなく、地政学的な安全保障政策の一環とみなしている。
これは冷戦期のソ連包囲網にも通じる戦略だ。つまり、かつてアメリカが「軍拡競争」と「経済封鎖」でソ連の体制を内側から崩壊させたように、今度は「関税」「ドル安」「安全保障」という三段構えの戦略で中国を弱体化させようとしている。
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