成熟社会の経済学 長期不況をどう克服するか 小野善康著 ~需要不足の日本における本当のムダとは何か
本書では小野善康氏の持論とも言うべき不況の経済学が「従来の経済学とどう違うのか」、また需要不足が常態化している日本のような「成熟社会ではどのような経済政策を行うべきか」が、わかりやすく解説されている。著者は前著(『不況のメカニズム』)で、ケインズが『一般理論』で示した多種多様な論点を独自に整理し組み直すことによって、不況動学の視点から、需要不足が原因で生じる不況の「新たな分析の枠組み」を提示した。そこでキーとされた概念は、消費の利子率(物価上昇率+時間選好率)と、貨幣の保有によって得られる流動性プレミアムであり、後者が前者を上回る限り、たとえ市場の価格調整が円滑に機能しても需要不足が解消されないことを理論的に明らかにした。
著者は、従来の経済学では新古典派もケインズ派も、需要不足による不況は短期的な市場の不均衡にすぎず、長期的には市場の調整によって「物やサービスや労働の需給は一致する」という点で共通の認識を有していたと本書で指摘する。しかし、それは生産力が不足して欲しい物やサービスがなかなか手に入らない発展途上社会の経済学であり、生産力が十分にあり物やサービスが満ち足りた成熟社会では「人びとのお金に対する保有願望が高まり」、旧来のケインズ政策に従って財政資金を配ったり、貨幣供給を増やしたりしても消費は増えないと言う。また、新古典派の発想で個別の企業が生産性を高めたり、政府が構造改革によって民営化や自由化を図ったりしても不況は収まらず長引くだけだと述べる。