シリア政権崩壊からみえる旧オスマン領国の不幸 民主主義、国民国家という枠組みが崩れ始めた

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1967年の第3次中東戦争で敗北するまでは、アラブの盟主エジプトによるアラブ統一の嵐が吹き荒れたが、1970年にナセルが亡くなると再び中東は元の国家に返り、ソ連とアメリカによる冷戦対立の影響を受けるようになる。父アサドの体制が成立するのは、この頃だ。

シリア、レバノンは旧宗主国フランスのもとに戻った。こうして、フランスはこの地域の宗主国として介入するが、もはやフランスにかつての力はなかった。

そのころ、リビアはカダフィによってフランスから離れた。フランスは、ベトナム、北アフリカを失い、やがて中東での宗主国の地位をすべて失う。

中東が米ソの冷戦の舞台に

中東は、イギリスでもなくフランスでもなく、ソ連とアメリカの直接対決の場所となっていったのである。もちろん、形式的には、イギリスとフランスの権益の中にあったのだが、実質的には両国は紛争処理能力を失っていた。シリアはソ連に接近する。

フランスは2011年にカダフィのリビアを攻撃するが、一方でさまざまな反政府勢力によって内戦状態に入っていたシリアをアメリカに「譲り渡した」。

アメリカは、かつてのベトナムのように、フランスの後を受けて混乱したシリア内戦に介入する。その目標は、ロシアと深い関係にあるアサド政権の崩壊だった。

しかし、反アサド政権の諸派の混迷の中でそれは功を奏すことなく、イスラム国(IS)の勢力拡大を引き起こす。イスラム国は消滅するが反政府勢力は消滅することはなく、2023年10月から始まったイスラエルとガザ、レバノンの戦争の間に力を伸ばし、アサド政権が崩壊していく。

それゆえ、アサド政権の崩壊に対して、アラブの春のような「民衆による解放」などという神話を語ることなどできない。これからシリアに待ち受けているのは、シリア内の対立勢力の内乱であり、干渉してくるトルコやイスラエルなどとの戦争かもしれない。

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