東武日光線「合戦場から樅山」駅名何と読むのか? 特急が通過する「難読駅区間」地名に深い歴史

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合戦場駅――。この駅は「かっせんば」という名前だけからして、もう興味をそそる。合戦場というからには、何らかの戦があった場所なのか。調べてみると、川原田合戦といい、1523年に宇都宮忠綱と皆川宗成の軍勢が激戦を繰り広げたのだという。

東武日光線 合戦場駅
合戦場駅は事実上改札だけの小さな駅舎。下り線ホームへは跨線橋で(撮影:鼠入昌史)

……などと言われても、正直なところピンとこない。関ケ原の戦いとか桶狭間の戦いのような有名な合戦でもなく、歴史好きでなければわからない。だいぶひねった駅名ですねえ。

歴史を感じる合戦場駅

と思いつつさらに調べると、合戦場というのはかなり昔からの当地の地名。少なくとも江戸時代には駅周辺が「合戦場」と呼ばれており、日光例幣使街道の合戦場宿も置かれていたという。となれば、伝統の地名、伝統の駅名といったところだろうか。

そんな合戦場駅にやってくると、駅の周りは案に相違して立派な住宅地。相対式のホームのそれぞれに外に通じる出口はあるが、駅舎は駅の東側。線路と並行している旧例幣使街道の道筋に通じる目抜き通りには、昔ながらの飲み屋が並んだ一角もある。

東武鉄道 新鹿沼駅長
東武日光駅管区新鹿沼駅長の佐藤将泰さん。今回訪れた合戦場―樅山間を含む8駅を預かる(撮影:鼠入昌史)
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