まず、なぜ周りは上を目指さないのか、ということですが、けーすけさんの考える「上」が、書かれているようにキャリア上のステップアップの結果だとすると、周りの人の考える「上」とは必ずしも定義が同じではないのでしょう。
人によっては仕事はそこそこで、生活費を稼ぐ手段でしかない、という考えもあります。それはそれで自分の人生を自分で考えているという意味で立派だと思いますし、何も周りに迷惑をかけていない以上は、お互いに批判し合うようなものでもありません。そもそも世の中には、さまざまな価値観があって当然です。人間社会も多様性で成り立っているわけですから、何も周りがみな同じ方向を向いている必要もないわけです。
肝心なことは、そのスタンスを継続できるか、何かをきっかけに状況が変わったときのためのバックアッププランを自分で用意しているかです。子どもじゃないのですから、それは自己責任です。
わかり合える部分だけ、わかり合えばいい
次に、当時の私の周りがどうであったかについてお答えします。それこそ中堅大学ということもあったのか、私のように過度にガツガツしているタイプは、私が記憶している限りはあまりいなかったように思います。といっても表に出さないタイプの人もいるので、こればかりは確証的に言えません。しかし、向上心と個性の塊のような人たちはいました。そうした人たちは、現在でもキャリア上で抜きんでているのは事実です。
私が卒業した当時はITバブル崩壊直後でもあり、また就職内定率が最低レベルだった時期であったことも影響していたのかもしれませんが、どちらかというとディフェンス的にどこかに拾ってもらうことを優先していた人が多かったように記憶しています。なにせ履歴書100通送って、ようやくどこかから返事が来るというご時世でした。
とはいえ、私自身はわかり合える部分だけわかり合えばいいし、そうでない部分まで無理に合わせる必要があるとは考えていませんでした。ある特定の事項(この場合は就職)で考えが合わなかったとしても、相手のすべてを否定して距離を置くこともしませんでした。相手がどう思っていたかは別として、私自身はまったく周りの人たちを否定するような考えはありませんでした。
あくまでも「自分は自分、他人は他人」というスタンスが重要です。モチベーションの源泉を周りに求めてもいけません。ましてや待っていれば周りの誰かが輝かしい将来に導いてくれるなんてこともありません。私自身、そうしたことを期待したこともありませんでした。
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