「隣はヒズボラ」パレスチナ難民キャンプのヤバさ 9月にレバノン・ベイルート襲った空爆のその後

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国際機関に勤めるイズラさん(34、仮名)は、「ひとまず空爆のない地域に退避したが、事態の悪化を想定し、常にプランB、プランCを用意しておかなければいけない」と話し、依然、神経を張り詰めた状態であることを明かした。

ひとまずベイルート首都圏からの避難を完了して知人宅に親戚・家族と身を寄せているが、必要に応じて再度移動する心積もりだという。

4カ月前に第2子を出産したばかりの彼女は、生後間もない赤ん坊を含む2児を連れての避難を余儀なくされている。わが子の命を守るという使命感に突き動かされ、一刻も早い退避を優先させたため、貴重品を含む多くの私物は置いてきたという。彼女は「子どもたちにこれ(紛争)を引き継がせるわけにはいかない」と話した。

イズラさん。過去に別のインタビューに応じた際に撮影したもの、ブルジ・バラジネ難民キャンプにて(写真:筆者撮影)

「早く終息することを願っている」という彼女の言葉とは裏腹に、これまで数えきれないほどの不公正を目の当たりにしてきたレバノンの地に住む人々は、どこか習慣的に事態を見ているように感じられる。覚悟というよりも、あきらめに近いのかもしれない。

9月27日以降も継続する空爆

10月7日時点でも空爆は継続しており、人々は依然として南方から飛来する脅威にさらされている。現代に生きる一市民として、彼女たちの言葉を重く受け止め、私たちが果たすべく役割が何なのか考え、行動していかなければならないと思う。

10月5日に受けた空爆で損傷したイズラさんの弟の愛車(写真:イズラさん提供)
村中 千廣 フリーライター

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むらなかちひろ / Chihiro Muranaka

2024年よりウガンダ共和国在住。人道支援・開発援助分野でキャリアを構築しながら、赴任先での発見や観光情報を発信するフリーライター。北海道出身、30歳、訳書に『地下鉄で隣に黒人が座ったら』。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員。

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