日本は経営学の最先端から取り残されている ビジネスパーソンは現実を直視せよ

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研究者はトップ・ジャーナルに論文の掲載を目指す

今年の総会には世界84カ国から約1万人の研究者、学生が出席した。ところが、その中で日本からの出席者を数えてみるとわずか33人。世界3位の経済大国の出席者としてはあまりに少ない。

現在の経営学の大きな特徴は、統計分析を重視していることだ。各分野のトップジャーナル(学術誌)に掲載される論文の約9割は統計・計量分析を使っている。従来はケーススタディから共通点を見いだし、理論化する帰納法的アプローチが中心だったが、現在では仮説を立ててデータを集め、それを統計処理して分析する演繹的アプローチが主流になっている。

世界の経営学に詳しい入山章栄・早稲田大学ビジネススクール准教授は「現在の経営学は理論をより厳密化し、経営を”科学”しようとしている」と指摘する。理論をより厳密化し、経営を「科学」しようとしているのだ。ケーススタディのアプローチももちろん有効だが、その場合も数社の研究ではなく、何百、何千のデータを集めて分析する。

そして、世界の経営学者たちは日々データ解析にいそしむ。ひとつの論文を書き上げるのに2~3年かけることはザラ。研究者にとっての最大の目標は、権威のある学術誌のトップ・ジャーナルに自分の論文を載せることだ。トップ・ジャーナルでの論文掲載数、また他論文への引用回数が、その研究者にとっての”品質保証”となる。

ビジネススクールが標準化を加速

その中で急速に進むのが経営学の国際標準化だ。トップ・ジャーナルは当然ながら、英語の本。研究テーマも「海外子会社に対する出資比率はどのように決まるか」「企業の競争力を決める経営資源は何か」といった、学術誌に載りやすく、理論化しやすいものが選ばれる。

標準化が進むのは、ビジネススクールの影響も大きい。ビジネススクールには米AACSB、欧州のEQUISなどの国際認証機関がある。これらの認定を受けるには、「指導者の4割は博士号を持ち、5年間で2本以上の査読(専門家による評価)付き論文があること」といった条件をクリアしなければならない。そのため、世界のビジネススクールは、実務家教員ではなく、できる限り経営学者を登用しようとする。

最近では中国やインドなど、新興国でビジネススクールの新設が増えている。そうした新設校は、欧米で博士号をとった人材を中心に教師陣をそろえる。当然教える内容は、国際標準化した経営学。経営学はビジネススクールと歩調を合わせて標準化している。

日本は完全に蚊帳の外に置かれている。学会の出席者だけではない。戦略分野のトップ・ジャーナル誌「ストラテジック・マネジメント・ジャーナル」では、1990~2015年までに約1900の論文が掲載され、延べ4000人の執筆者がいる。そのうち日本人の研究者はわずか10人にすぎない。国際認証を受けたビジネススールも、慶応ビジネススクールと名古屋商科大学大学院の2校にとどまる。

国際標準化した経営学に対しては、「理論化しすぎて実務とかけ離れてしまった」という批判がある。また、「統計分析ばかりを重視すると、優れた事例が異常値となり、研究対象から外れてしまうのでは?」といった指摘もある。日本で主流の経営学とはアプローチそのものが異なり、どちらが優れているという問題ではない。ただ、日本のビジネスパーソンはまずこうした現実を認識すべきだろう。

週刊東洋経済は9月12日号(7日発売)において『たった1日でわかる経営学の教科書』という特集を組んだ。激動の時代を生き抜くためには、ビジネスパーソンも経営学の視点や思考が欠かせない。世界標準の経営学に接すれば、これまでにないモノの見方があることに気づくかもしれない。

並木 厚憲 東洋経済 記者

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なみき あつのり / Atsunori Namiki

これまでに小売り・サービス、自動車、銀行などの業界を担当。テーマとして地方問題やインフラ老朽化問題に関心がある。『週刊東洋経済』編集部を経て、2016年10月よりニュース編集部編集長。

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