「虎に翼」寅子モデルが裁判官"退官後"綴った想い 5000人の非行少年・少女と向き合った三淵嘉子
そうして調査官と意見交換をしながら、最終的に事実を認定するのは、裁判官の専権事項となる。いかなる判断を下すかは、嘉子のようにキャリアを重ねても「これが正しい」と確信を持つことは難しい。
民事裁判にしても刑事裁判にしても、成人であれば、法による裁きを受けた結果、一生を左右するような重大な結果を招いてしまっても、それは本人の責任だ。
だが、成人の事件とは状況が異なる少年事件の場合、「少年の処遇は、少年の健全育成を目的とする」として、嘉子はこうつづっている。
「少年審判は、これからその人生が拓けて行く将来ある少年の運命を左右する決定であり、少年の人生を健全な方向へ舵をとる役割を持たされていることは、少年の人生軌道スイッチを押すような重大な責任を感じます」
とりわけ嘉子を悩ませたのが、親から捨てられた子どもが非行に走った場合、たとえ少年院で矯正教育を受けて社会に出ても、生活の援助が受けられずに、また非行に走ってしまい、再び施設に収容される……という悪循環に陥りやすいことだ。
「このような少年は、悪循環を断つために、ある時期をとらえて思い切って援助者を見つけ出すための社会的処遇、多くは補導委託にします。もし、そこで定着すれば、少年は社会生活の基盤ができましょう」
「補導委託」とは、家庭裁判所が非行のあった少年の最終的な処分を決める前に、民間のボランティアに少年をしばらく預けて、仕事や通学をさせながら、生活指導をしてもらう制度のことだ。
非行少年とじっくりと向き合うのは、相当な根気が必要で、簡単なことではない。それでも更生する可能性をできるだけ探るのが、嘉子だった。
「少年は本当に変わりやすく、その人間性は固定していません。少年を改善させることは困難な仕事ですが、どんな少年でも改善の可能性を持っています」
これこそが、5000人もの少年・少女と対話をするなかで、嘉子が得た確信だった。嘉子は少年犯罪の厳罰化に反対を貫いている。
女性法律家の道を切り拓いた
嘉子が司法科試験に合格したのは1938(昭和13)年で、当時は女性が裁判官や検察官にはなれなかった。そのため、嘉子はまず弁護士となり、その後に裁判官に転身を果たした。
それから80年以上の月日が経ち、「男女共同参画白書 令和5年版」によると、司法分野における女性が占める割合は、裁判官は23.7%(2021年12月現在)、検察官は25.8%(2022年3月31日時点)、弁護士は19.6%(2022年9月30日時点)となっている。
嘉子が仲間とともに切り拓いた道は、これからも広がりを見せることだろう。
【参考文献】
三淵嘉子「私の歩んだ裁判官の道─女性法曹の先達として─」『女性法律家─拡大する新時代の活動分野─』(有斐閣)
三淵嘉子さんの追想文集刊行会編『追想のひと三淵嘉子』(三淵嘉子さん追想文集刊行会)
清永聡編著『三淵嘉子と家庭裁判所』(日本評論社)
神野潔『三淵嘉子 先駆者であり続けた女性法曹の物語』(日本能率協会マネジメントセンター)
佐賀千惠美 『三淵嘉子の生涯~人生を羽ばたいた“トラママ”』(内外出版社)
青山誠『三淵嘉子 日本法曹界に女性活躍の道を拓いた「トラママ」』 (角川文庫)
真山知幸、親野智可等 『天才を育てた親はどんな言葉をかけていたのか?』(サンマーク出版)
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