「無料のモノはもらわない」お金のマイルール 日々を健やかに過ごす「失敗を許容するお金」
無料は一見魅力的だ。相手の好意も上乗せされているし、支払いもないし、良さそうに見える。しかし、ここには2つの〝無料の罠〟が隠れているからだ。
1つ目は、それを家の中のどこに置くのか、という置き場所に関する罠だ。
いったんモノを自宅に持ち込むと、モノを置く場所、住所決めが発生する。自分が欲しくて買ったものであればまだしも、予定外でもらったものには、置く場所がない。
キッチンカウンターやリビングテーブル、とりあえずの場所に仮置きしてしまう。この仮置きは意外とくせ者。気づいたら積もり積もって地層化してしまい、これ片づけなきゃと悩む時間も発生してしまう。
私の良いものを見る目を育てる
2つ目は、自分の好きなもの、自分の大事なものを〝選ぶ〟という行為が、無料によって惑わされてしまう罠だ。
私たちは身銭を切って購入することで、自分好みを見つける選択眼が肥える。しかし、ここに無料が入ってくると、自分の選択で選んだものと無料のモノが混ざり、自分の欲しいものを見る目は惑わされる。
おまけに、欲しかったわけではないものは、たいてい時間が経つと、「これはもういらない」と気づき、どうする? 誰かにあげる? 捨てる? じわじわと私を悩ませてくる。最初から、もらわなきゃよかったのだ。
自分が満足のいくものにお金を支払いたいと思っている、良いものを選べるようになりたい人は多い。私もそうなりたい。そういう場合、まずは何かを選んで取りに行くよりも、無料のモノをもらわないルールがいいと思う。
やり始めると気づくのだが、驚くほど世の中には無料でもらえるモノが溢れている。私たちが気づかぬ間に、それらは家の中に入り込んでいる。
たとえラップひとつでも、いつも使うメーカーとは違うものをもらうと、正直なところ使いにくい。無料かもしれないが、使いにくさを我慢して使うという手間を支払うことになる。
お金を使って快適な暮らしを整える前に、お金を使わないけど、自分から何かを奪っていくものを意識的に減らしてみる。
置き場所に悩む時間、ものを選ぶ選択眼、使いにくさの手間……、目に見えないけど、無料の代わりに私が支払うもの。
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