言われなき誹謗中傷を受けたときの心の対処法 痛みを和らげるには痛みを受け入れる必要がある
たとえば、リーダーは矢面に立たされることがよくあります。そのとき、みなさんが言われなき誹謗中傷を受けて、傷ついたとしましょう。
そして、こう思うのです。
「誰がこんなことを言っているのか」「なぜ、こんなことを言われないといけないのか」と怒りが込みあげてきます。
考えれば考えるほど、理不尽に思えてきます。ネガティブな感情の渦に、夜の寝つきも悪くなります。こうして毒が回るかのように、どんどん、つらくなっていくのです。
まさに、毒矢の逸話と同じ筋書きが展開されているのです。
痛みに抵抗することで苦しみとなる
たしかに、言われなき誹謗中傷を受ければ、心に痛みを負います。ここで問題なのは、痛みに抵抗していることなのです。そんなことが起きるべきではなかったと、周りを責めている態度が抵抗です。
そして、抵抗することによって、痛みが増幅していることに注目してください。
毒矢のたとえでいえば、矢が体に突き刺さることで、体に痛みが走ります。この痛みは避けることはできません。しかし、「誰が矢を射ったのか」などと考えているうちに、傷が深くなり、毒が回り、痛みがますます増幅してしまいます。
それが苦しいのです。つまり、こういうことです。
この式の意味するところは、痛みに抵抗することで、痛みが増幅して、苦しみになるということです。もちろん、痛み自体をなくすことはできません。私たちは、傷ついたときに、抵抗することで、その痛みを不必要に大きくしているのです。
この抵抗には、さまざまなパターンがあります。主だったものを紹介しましょう。
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