大昔、人類が生き延びたのは「犬のおかげ」だった? 3万年前「犬が人との生活を選んだ」といえる訳

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家畜化は、人間が自分の役に立てるために特定の生きものの特定の性質を変えていく過程です。後の時代になってのウシの場合、労働力として役立つ、乳をとるなどわかりやすい話です。

でも、イヌにはそのような特定の目的があったとは思えず、人間と暮らす生活をイヌが選んだといったほうがよいようにも思えます。家族になったといってもよいかもしれません。

DNA研究から面白いことがわかってきました。

人間のDNA解析から、超社会性(社交性が高く、おしゃべりが好きというような性質)に関連するとされる多型(同一種の個体で異なる表現型を示す)が見つかっているのですが、それと同じ多型がイヌにあるというのです(多型はオオカミにはありません)。

人もオオカミも社会性動物と呼ばれます。まさに「私たち」として生きる性質を持つ生きものです。その中からとくに社会性の高いものとしてイヌが生まれ、人間にも関心を持ったのでしょう。イヌには家族の一員と呼んでよい存在になる性質が備わっているようです。

赤ずきんちゃんだけでなく、『三匹の子豚』『オオカミと七匹の子山羊』、さらには『ピーターと狼』など、物語に登場するオオカミはどれも子どもにとって恐いものですが、別の見方をすれば、身近な存在だったともいえます。

オオカミに、人なつっこさにつながる遺伝的素因があったというのは意外ですが、わたしは道を歩いている時によくイヌが寄ってくるので、イヌとはどこかでつながっていると実感しており、この研究成果に納得しています。

イヌは家畜とは違う存在だった?

このようなイヌと人間の関係を見ると、家畜という言葉から思い浮かぶような、人間が自分の都合で特定の生きものの性質を思うように変える、というイメージが消えます。

生きものの性質は、本来少しずつ変化していくものであり、その結果、進化をします。進化には、「進」という字が入っているので、進歩と重ねて考えられがちですが、まったく違います。

進歩は1つの価値観で比較し、先進国、途上国などと縦に並べます。一方、進化はすでに何度も述べたように、多様化の道を歩み、それぞれがそれぞれとして生きることになります。つまり、さまざまに変化する(展開)現象なのです。

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