井上礼之・ダイキン会長兼CEO--「あかんたれ」が空調世界一、人好き・帰属感・衆議独裁《下》
「エアコンに対する思想が変わったからや。欧州でもルームエアコンは必需品になる。思い切って増産投資や」。現場を歩いてきた井上の直感だった。業務用エアコンを生産する予定だったチェコ工場の図面を引き直し、翌年、本格的にルームエアコンの欧州域内生産を開始した。
迷ったとき、井上は時計の振り子を大きく振ってみる。「皆が右や言うときは、左やったら何であかんのや、を考える。上司と部下の意見が分かれたら、第三の道を見つけるのがトップの仕事や」。欧州の構造変化は読みどおり。90年代に200億円程度だった売上高は、今や2000億~3000億円。安定した収益柱になった。
戦線復帰。買収と提携で世界企業へ
本来なら、井上は04~05年あたりでCEOを退任し、財界活動に軸足を移していたかもしれない。全幅の信頼を置ける後継者を見いだしていたからだ。02年に社長に就任した北井啓之(現顧問)である。
北井は入社来の企画畑で、井上とひざ突き合わせて戦略を練った相手。「イノベーターですよ。将来のために過去を破壊していくんだという、創造的破壊を実践できる男」。
ところが、就任1年半後、北井は大病に見舞われる。副社長の岡野幸義を昇格させたが、井上は再び経営の第一線に復帰した。
社長の座を譲る前年、井上は関西経済連合会の副会長に就任している。会長への意欲がなきにしもあらず、と見られていたが、再三の就任要請をはねつけた。「ずーっと断り続けた。(関経連会長は)一度も考えたことない」。北井が降板した以上、自分がダイキンの舵を取らねば、誰が取る。財界活動している余裕はなくなった、ということだろう。
この後ダイキンの海外展開・成長は一段と加速する。「確固たる信念を持って、決断すべきときにすごみのある決断をする」。井上の20年来の友人、商船三井元会長の生田正治が評すように、二つの決断がダイキンを世界企業へと押し上げた。