「経営の神様」にならなかった丹羽宇一郎氏となり損ねた永守重信氏、2人の経営者の"去り際"に透ける決定的な差
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無宗教なのに「経営の神様」を仰ぎたがる日本人
「経営の神様」と聞いて、多くの日本人が松下幸之助氏や稲盛和夫氏を思い浮かべるのは偶然ではない。
両氏に共通する最大の特徴は、思想の普遍性と実践の徹底性である。経営を利益追求のノウハウと捉えず、人としての生き方や社会への貢献と結びつけて語り、その理念を日々の意思決定に落とし込んだ。時代や業種を超えて語り継がれるのは、成功体験そのものよりも、誰もが拠り所にできる価値観を提示した点にある。
経営者である前に、一人の人間としてどうあるべきか。その問いに真正面から向き合った姿勢こそが、「経営の神様」と呼ばれるゆえんである。
「私は無宗教です」という日本人は多い。ところが「神様」が好きである。箱根駅伝でも過酷な山上り区間で、圧倒的な走りを見せた選手を「山の神」と呼ぶ。
なぜ日本人は、「経営の神様」をはじめとして、成功した人間を「神」のように仰ぐのか。


















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