井上礼之・ダイキン会長兼CEO--「あかんたれ」が空調世界一、人好き・帰属感・衆議独裁《下》
一つは、マレーシアの空調大手、OYLインダストリーズの買収だ。井上によれば、M&Aは「人買い」である。「偉そうな言い方やけど、その人が信頼に値するかどうか」。
OYLの魅力は、傘下に北米の大型空調大手、マッケイ社を擁していること。強敵キャリアが牛耳る北米市場の攻略には、強力な販売網を持つ現地企業の買収が不可欠だった。年末、企画担当の蛭子毅(現副社長)と北井だけを連れ、香港へ。ホテルの一室で、OYLの筆頭株主、タン・スリ・クウェック・レン・チャンと向かい合った。
香港華僑のクウェックを、井上は気に入った。「したたかなわりに、非常に純粋な目をしている。話も純粋。『自分は儲かったおカネを他へ投資したい、ダイキンならもっと利益を増やすことができるか精査してください』と端的に冷静に言う」。
帰りの機内で「あの人は信頼できる人や」とささやかれ、「決まった」と蛭子は思った。「そうか。これがトップの意思決定いうもんなんや」。
しかし、半年経っても値段が折り合わない。仕方ない。06年春、井上は準備チームを全員引き揚げさせた。が、その際、クウェックへの言付けを頼んでいる。「『いっぺん日本へ来ませんか、僕(井上)が会いたがってる』と言うてくれ」。一縷(いちる)の望みがあるのなら、それをつかみ取りたいという井上の粘りである。
2週間後、クウェックが大阪へ飛んできた。本社の応接室で1時間。「20億ドルじゃダメだよ」「では、20億と100万」と井上。相手は「俺は損する。しかし、わかった」。
井上が言う。「なぜ、交渉がまとまったか。お互い信頼していたからですよ。だまし討ちで安く買おうとするのではないし、向こうの言い値もわかる。純粋なやり取りやった」。
もう一つの決断は、08年の中国空調首位・格力電器との提携だ。それも「朱董事長との信頼関係がなかったら成り立たなかった」。