長男が生まれると、多良さんはついに姑との重たい空気に疲れ果て、夫に「この家を出たい。家族だけで暮らしたい」と懇願する。最初は困惑した夫も多良さんの意志の強さに折れて、電車で数分のところに家を借りてくれた。
「これが見事に功を奏しました。離れてみるとお互いに相手のいいところが見えるんですね。姑とはすごく仲よくなりました」
同居の失敗から多良さんは教訓を得た。ある一定の距離があると、相手にやさしくなれる。子どもたちはそれぞれのペースで離れて暮らし、つかず離れずが一番居心地がいい。それは人づきあいも同様だ。
「広く浅く、深入りせず。子どもの頃から一人遊びが好きで単独行動は苦ではなかったですから、今は旅行も一人で行きます」
今は、と断りを入れるのは、一緒に旅行した夫が10年前に亡くなったから。夫婦二人の生活になってからは、あちこちに旅行したという。しかし、残念ながら旅先ではけんかも多かった。
「観光したいところが全然違うんですよ。私がゆっくり観たいと思っても、主人はスタスタと先を行くわけです。もうお父さんと一緒に旅行しない! とよくけんかしましたね」と笑う。夫が亡くなってからは、一人でイギリス旅行へ出かけたこともあった。
「人生には悪いときも良いときもある」
友人やご近所さん、習い事仲間との交流も「広く浅く、深入りせず」がモットー。1対1よりもグループの輪の中のつきあい。自宅を行き来するような関係も避ける。多良さん自身が踏み込まれたくないから、人にも踏み込まない。
多良さんは現在、絵手紙、写経、麻雀、着物のリフォームの4つの習い事に通っていて、週1回はどれかの教室がある。地元のNPO法人が介護予防活動支援事業の一環で運営しているので、会費も定額で、受講生も同世代で気の合う人たちに恵まれた。
毎回、いろんなおしゃべりをして盛り上がるという。「理想の死に方」から「おいしい店情報」まで話題はさまざま。小さい頃から人見知りだった多良さんはもっぱら聞き役だが、アンテナに引っかかる話も多く、毎回楽しみにしているという。
とはいえ、教室以外に個人的にお茶をしたり、自宅を行き来したりすることはしない。
「会ったときにその場で楽しい時間を過ごして、時間がくれば解散です。それでじゅうぶん満足しています」と多良さん。
そういうグループが4~5つほどあるので、毎週新鮮なおしゃべりを楽しめる。習い事はすべて自宅で一人でできることばかり。広く浅く、同好の士と交流し、家では一人の時間をとことん楽しむのだ。
老後の孤独を心配する人は多い。多良さんの人付き合いの仕方は、一般的には珍しいものかもしれない。
「一人暮らしになって、ようやく自分のペースができました。このペースが私にはちょうどいいのです」
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