「蚊帳」で子供の命を救う!日本企業の執念 40万人の命を奪う「マラリア」と闘う住友化学

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しかし、この「一般向けの販売への逆上陸」のプロセスは、またしても一筋縄ではいかない、多くの困難を伴うものであった。理由はシンプルで、認可取得や販路開拓、プロモーションによる認知の獲得など、通常のマーケティングにおいては当初に実施されているべき要素を、後からすべてキャッチアップして実現しなければならない事態となったためだ。素材メーカーである住友化学が決して得意とする分野ではないこれらの課題を克服していくには、開発者のみならず、オリセットのバトンを受け取った新たな世代の人々のあくなき尽力があった。今では蚊帳の使用が広く行われているケニアにおいて、オリセットは後発参入ながら市場シェアナンバーワンの地位を確保するに至っている。

なお拡大する感染症に対抗する手段としての期待

オリセットをはじめとする数々の努力によって、世界での2~10歳の子供におけるマラリア罹患率は、最も深刻であったサブサハラアフリカ地域で、過去13年で約半分程度(約14%)にまで低減されてきている。

その一方で、蚊による感染症には依然として拡大を続けているものもある。その筆頭のひとつといえるデング熱は、1970年代にはわずか9カ国でしか蔓延が見られなかったものが、近年では実に100カ国近くにまで拡大している。地球温暖化の影響もあり、かつては熱帯地域の一部のみを生息域としていたデング熱を媒介する蚊が、徐々にその生息域を拡大してきているともいわれる。

2014年、日本でも70年ぶりに国内感染が報告されたことは記憶に新しいが、実は米国においても2001年に60年ぶりにハワイ州やテキサス州、フロリダ州などで再発して以来、アップダウンを繰り返しながら2013年ごろにも散発的に流行が発生している。より距離の近い中国においては、(統計制度の整備状況などの考慮が必要と考えられるものの)2012年以降の発生数の上昇が著しく、2014年にはあっという間に5万件近いデング熱罹患者が認められている。

WHOアジア支局ではデング熱対策として、オリセットのような認定蚊帳を、日中屋内で過ごす環境にいる人々、たとえば乳幼児、老人、夜間勤務の人、昼寝をする習慣のある人などが、使用することを推奨している。

寝室で使用するのが一般的だが、野外でも使用する。家の玄関でカーテンのように使用する家庭もある(©M.Hallahan/Sumitomo Chemical-Olyset Net)

私たちの世代の記憶にはほとんど存在しない、過去の遺物ともいえる「蚊帳」。温故知新そのものの例とは決して呼べないかもしれないが、時代の変遷とともに再び襲ってくる感染症のリスクに対抗する有効な手段は、先進技術と、意外に私たちの身近なところに眠っている先人の知恵にあるのかもしれない。

浅枝 敏行 マーケティングコンサルタント

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あさえだとしゆき

1977年東京生まれ。1999年東京大学農学部卒業。2000年東京大学農学系大学院中退。ERPベンダー、コンサルティング会社、広告代理店にて、マーケティング企画および実施業務に従事。2003年より独立し、自動車、化学、IT、食品/外食業界などのコンサルティングにかかわる。住友化学のオリセット(R)ネットのアフリカにおける消費者向けビジネスの立ち上げに携わる。

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