不自由な経済 松井彰彦著 ~市場を拒むことの結果を説得的に論じる
子供の頃、新美南吉氏の「手袋を買いに」を読み聞かされた人は少なくないだろう。母狐は子狐の片手を人間の手に変え、町に送り出す。子狐は店で間違って狐の手で白銅貨を差し出すが、店の主人はおカネを本物と認め、手袋を売ってくれる。ほのぼのとした話だが、店の主人が手袋を売ってくれたのは、単に優しかったからではない。市場ルールをわきまえ、おかねを持ってきた客なら誰であれ取引をしたのである。
市場は万能ではなく、ルールを守る人の存在で成り立つ。市場ルールは参加者の規範だけでなく、独占禁止法のような法律を必要とする場合もある。しかし、一方、障害者欠格条項や労働者派遣禁止法のように法律が問題を引き起こす場合もある。前者は障害者を労働市場から排除し、後者も派遣社員の労働市場へのアクセスを狭める。善意で作られたはずだが、市場との繋がりが断ち切られることで、不自由な状況となる。
本書は2部構成で、第1部は市場について論じている。リーマンショック後、それまでの市場経済礼賛から市場を忌避する主張が論壇で広がったことに違和感を覚え、あらためて市場とは何かを論じたかったと言う。市場を拒むことは、人と人の繋がりを断ち切り、不自由な経済を作ることであることを説得的に論じる。伝統的な新古典派の考え方だけでなく、ゲーム論による新しいミクロ経済学のアプローチも取り入れている。「さるかに合戦」などの昔話や宮沢賢治の童話などを題材に使って、楽しくミクロ経済学が学べる。もし、猿がしっぺ返しを想定したゲーム論を学んでいたら、柿を取る手伝いをして、カニから少しだけ分け前をもらうにとどめていたかもしれない。