「ブラック・スワン」の根本原理とは「指数関数」 トランプが真剣に受け止めなかった「小論文」
「武漢で今起きていることは要注目だ」
ナシーム・タレブはアップルMacBookの画面上のチャートに目を凝らした。2020年1月。彼はユニバーサのマイアミ・オフィスで仕事をしていた。中国の武漢で大流行していた新型コロナウイルスの気がかりな特徴について知ったところだった。
この時点で新型コロナは数百名の死者を出し、数千人が重症化していた。中国政府は地域一帯のロックダウンを実施した。これらはすべて遠い出来事のように見えた。
中国以外で厳しい施策が必要だと思っていた人間はほとんどいなかった。アメリカのドナルド・トランプ大統領とイギリスのボリス・ジョンソン首相は、このウイルスはただの季節性インフルエンザで春には収束すると言って片づけた。アメリカとヨーロッパとアジアの株式市場は記録的な高値を更新していた。未来は明るかった。
真っ黒だったあごひげが最近真っ白になったタレブは、一部の疫学者が新型コロナのR0――「Rノート」もしくは「Rゼロ」と読む――が3か4、ひょっとするとそれよりも高いと推計していることを知った。これは1人の感染者が平均して3、4人に感染させたことを意味し、標準的なインフルエンザのR0よりも高い。
懸念を抱くには十分に高い感染率だった。ウルフラム・マセマティカというコンピュータ・プログラムで計算しながら、タレブは落ち着きを失っていった。この病気は制御できなくなれば大災害になりうる。何百万もの人命が奪われるかもしれない。武漢から伝えられる過密状態の病院や宇宙服さながらの防護服を着用した医師たちの映像に、タレブは恐怖を覚えた。
彼は友人で複雑系理論の専門家、ヤニール・バーヤムに電話をかけた。複雑系理論は細胞から森林や地球の気候までさまざまなシステム内およびシステム間の相互作用を、分野をまたいで幅広く研究する学問で、現代の世界におけるパンデミックの不穏な動きも研究対象にしている。
「武漢で今起きていることは要注目だ」とタレブは言った。
バーヤムも同意見だった。
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