未練はないけれど忘れられない人は誰にでもいる。香澄さんにとっては前夫ではなく靖男さんなのだ。だからこそ、娘たちが学校を出て働き始めてそれぞれ恋人を作っても、自分は積極的にパートナーを見つけようとはしなった。本気で好きになれる人はもう現れないと思っていたからだろう。
夫となる人との出会い。初めは心は動かなかった
再婚相手の淳一さん(仮名、55歳)との出会いにも気乗りはしなかった。高校時代の友人から紹介されたが、その友だちも「紹介はするけれど、彼女にその気はないと思うよ」と淳一さんに伝えていたらしい。
8年前に妻をがんで亡くした淳一さんは大手企業の役員。スポーツで体を鍛えていて、性格は真面目そのもの。結婚相談所では同世代の女性から人気だったようだが、香澄さんの心は動かなかった。
「私のことは初対面で気に入ってしまったそうです。見た目ではなく中身が亡くなった奥さんに似ている、と後から聞きました。奥さんは明るくて周りを元気にするような人だったそうです」
淳一さんは緊張しているのか目も合わせずにおどおどしていたし、LINEで送ってくるメッセージは難しい漢字だらけで長くて堅い文面。香澄さんは無視こそしないものの、短めの返事だけ送っていた。
「そのうちに馴れ馴れしいメッセージが来るようになりました。私が返信をしていただけで付き合っていると勘違いしたようです。すぐに『ひとつ聞いていいですか? もしかして、あなたの中で私はもう彼女になっていませんか。違いますよ』と送りました」
淳一さんは間違いを認め、「申し訳ありません。さぞ気分を害されたことと思います」から始まる丁重な文章で平謝り。前のめり過ぎるが素直な男性である。そして、本当の意味でのプライドの高さがあった。今回のことで顔も見たくないと嫌いになったのでなければまた会ってほしい、と粘り強く提案してきたのだ。
「いいですよ、と普通に返して会いました。そのときは『あなたのことをもっと知りたい』と質問攻めにされて疲れましたが、次に会ったときには徐々に自分のことも話してくれるようになったんです。奥さんの死因を私からは聞けなかったのですが、子宮頸がんで海外の名医にも依頼したけれど治療できなかったことを話してくれました」
淳一さんの悲しい思い出に触れ、香澄さんも心を開けるようになって、子どものことなどを聞いてもらった。そして、淳一さんからの申し出を改めて受け入れて交際開始。
「それが今年の2月のことです。この人と結婚するんだろうな、いずれプロポーズしてくるんだろうなとは肌で感じていましたが、だいぶ早かったですね(笑)」
プロポーズされて承諾したのが翌3月半ばのこと。その日が長女の婚約とぴったり重なったことを冒頭のメールで報告してくれた。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら