「いくら嘆いても詮無いことで、こんな悲しい逆縁も世間にないわけではないと自分に言い聞かせて、あきらめようとしてきた。けれどこの世での縁が短すぎた。親を悲しませようと思って生まれてきたのかと、この世で親子の縁を結ぶことになった前世の因縁を恨んでは、悲しみを紛らわせているけれど、日が過ぎれば過ぎるほど娘が恋しくて恋しくてたまらないのだ。その上、光君がこれきりこの家の人間ではなくなると思うと、胸が張り裂けそうだ。今日はお見えにならない、今日もまたお見えにならないと、足が遠のいていらっしゃった時も、胸を痛めていたが、朝夕に射しこむ光のようだった人がいなくなってしまったら、どうやって生きていかれようか」
こらえきれずに声を上げて泣き出すと、母宮の前に控えていた年配の女房たちも悲しみに沈み、いっせいに泣き出してしまう。じつに寒々とした夕べの光景である。
若い女房たちはところどころに集まって、それぞれしんみりと話し合っている。
「殿さまのおっしゃっていたように、若君にお仕えしていれば気も晴れるでしょうけれど、まだずいぶんおちいさなお形見で、張り合いもないわ」と言い合う。
「しばらく実家に下がって、また参上しようかしら」と言う者もいて、彼女たち自身の別れもまた名残惜しく、それぞれ思い出に浸るのだった。
藤壺からの言葉
参上した光君を見て、
「まったくひどいやつれようではないか。精進に日を重ねたせいか」と桐壺院はいたわしそうに言い、食事を用意させて勧める。あれこれと心を砕いてくれる桐壺院を、光君は身に染みてありがたく、また畏れ多く思う。藤壺(ふじつぼ)の部屋に行くと、女房たちは珍しいお客さまだと歓迎した。藤壺は、命婦(みょうぶ)の君を通じて、
「何かと悲しみの尽きぬことでしょう。時がたちましても悲しみはなかなか癒えないことと思います」とお悔やみを伝えた。
「この世の無常はたいがいひと通り心得ていたつもりですが、いざ自分の身に起きると、本当にこの世で生きているのもつらくなりました。それでもたびたびかけていただいたお言葉になぐさめられて、なんとか今日まで生きて参りました」
いつも藤壺の前では悲しげな光君だが、今日はそれにもまして痛々しく見える。無紋の袍(ほう)に鈍色(にびいろ)の下襲(したがさね)、冠(こうぶり)の纓(えい)を巻き上げた喪服姿は、はなやかな衣裳(いしょう)より、ずっと気品ある優美さを光君に与えている。東宮にも長いこと会っておらず、気掛かりでいることを伝えて、夜更け、光君は院の御所を退出する。
次の話を読む:8月18日14時配信予定
*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです
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