妻の死に直面した光源氏が女たちに吐露した心境 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・葵⑦

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「見限るなんてことがあるものか。よほど私が薄情な人間だと思っているのだね。もっと長い目で見てくれれば、きっとわかってもらえるのにな。けれどこの私だって、いつどうなるかわからないからね」

と、灯火を見つめる目元が涙に濡れて、神々しいほどうつくしい。

葵の上がとくべつかわいがっていた幼い女童(めのわらわ)が、両親もおらず、じつに心細そうにしているのに気づいた光君は、それも無理ないことと思い、

「あてき、これからは私を頼らなければならなくなったね」と声をかけると、童は声を上げて泣き出す。ちいさな衵(あこめ)をだれよりも黒く染めて、黒い汗衫(かざみ)や萱草(かんぞう)色の袴(はかま)を身につけて、ずいぶんとかわいらしい。

心細くてたまらない女たち

源氏物語 2 (河出文庫 か 10-7)
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「昔を忘れないでいてくれるなら、さみしいのをこらえて、まだ幼い若君を見捨てずに仕えてください。生前の名残もなく、あなた方まで出ていってしまったら、こことのつながりも切れてしまうだろうから」

と、みなが気持ちを変えないようにあれこれと口にするが、さてどうだろう、光君が訪れるのもますます途絶えがちになるかと思うと、やはり女たちは心細くてたまらない。

左大臣は、女房たちの身分によって差をつけながら、身のまわりのものや、格別な葵の上の形見の品を、あまり仰々しくならないように気をつけて、みんなに配った。

次の話を読む:8月11日14時配信予定

*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです

角田 光代 小説家

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かくた みつよ / Kakuta Mitsuyo

1967年生まれ。90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著書に『対岸の彼女』(直木賞)、『八日目の蝉』(中央公論文芸賞)など。『源氏物語』の現代語訳で読売文学賞受賞。

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