暦本:加速度の話ぐらいまでは実用の範囲内だから、生活感覚でわかりますね。
でも解析学のイプシロン─デルタ論法※1になると、無限という概念を把握しないと理解できない。実用を超越した抽象的な数学だから、教わっても最初は何の話をしているのかわからない状態になる。イプシロン─ デルタは高校で教えるんだっけ?
※1 イプシロン─デルタ論法(ε─δ論法) 解析学(極限や収束などの概念を扱う数学の分野)で、実数値のみを用いることで関数の極限を厳密に定義する方法。ニュートンとライプニッツが創設した微分積分学は、実数の範囲では定義できない無限小や無限大の概念を用いていたが、1860年代にイプシロン─デルタ論法が完成したことで、無限小や無限大という概念を使わずに収束や連続が定義できるようになった。
落合:いえ、大学1年生ですね。
生活から超越しすぎている複素数
暦本:たぶん理系の大学生でも、最初は「なんじゃこれは」と思うでしょ。見たことのない記号もたくさん出てくるし。微分に限らず、数学にはそういうところがありますよね。算数は、なんとなく身体感覚でわかるんです。円周を直径で割ったものが円周率とか、その求め方はわからなくても、何の話をしているかはわかるじゃないですか。
でもイプシロン─デルタとか、あるいは複素数などは、生活から超越しすぎていてわけがわからない。
もっとも、生活に密着しているはずの実用的な概念でも、身体感覚ではわからないものもあります。金融の「複利」なんかがそうですよね。利息を元本に組み込むので、エクスポネンシャル※2に増えていくんだけど、直観的には毎年同じ額だけ増えていくような気がするんです。
たとえば小学1年生が幅跳びか何かで30センチ跳べたとして、「明日から毎日1パーセントずつ距離を伸ばそう」といわれたら、とりあえず次は3ミリだから、できそうな気がするじゃないですか。でも、次の1パーセントは3ミリより長い。本当に1パーセントずつ記録を伸ばしたら、卒業までに月まで届いちゃうかもしれないわけです(笑)。
複利計算とはそういうものですけど、これは直観的にはわからないので、教育で身につけるしかないでしょうね。
その概念が身についていないと、会話が成り立たないこともあります。コロナ禍のときも、両対数グラフ※3が理解できないために、おかしな状況分析をする人がいました。AIという家庭教師がいても、そういう数学的な概念がわからないと、教わったことの意味がわからないかもしれない。投げる質問もトンチンカンなものになるだろうし。
※2 エクスポネンシャル(指数関数的) 「y=a^x」を、aを底とするxの指数関数という。その特徴は「倍々ゲーム」で値が大きく変化すること。これを「エクスポネンシャルな変化」という。人間は直観的にグラフが1、2、3、4……と直線的(リニア)に変化すると感じやすいが、指数関数的変化では1、2、4、8……といった具合に増え、途中から急激に値が大きくなる(1から始まった直線的な変化がになったとき、エクスポネンシャルな変化では1024になっている)。
※3 両対数グラフ 縦軸と横軸がどちらも対数スケール(対数目盛り)になっているグラフ。対数スケールのグラフは、目盛りごとに値が倍々で増えていくので(ふつうのグラフが目盛りごとに10ずつ増えていくとしたら、対数グラフは目盛りごとに10倍、100倍、1000倍……と増えていくイメージ)、桁数が大きく異なる値の変化をおおまかに把握しやすい。ただし対数スケールの意味を知らないと、倍々の変化を直線的な変化だと勘違いしやすいので、注意が必要。たとえば「10」と「1万」は大きく離れた値だが、対数スケールでは「1」と「4」になるので、近い値に見えてしまう。