ところが日本では、こうした視点は軽視される。「日本を成長させたのは製造業だから、新興国の製造業とも競い勝たなければならない」と考えている人が多いのだ。
経済政策も、その方向のものだ。為替レートに対する介入は、10年9月に行われた。しかし、円高トレンドに影響を与えることはできなかった。大震災後の3月18日にも介入が行われたが、7月下旬にそのときのレートに近づいた。そして、8月4日に、再び介入が行われた。
いまの為替レートは「経済原則を無視した超円高」だと言われる。しかし、「金利平価式」の理論が教えるところによれば、日米間で金利差があれば、それに等しい率で円高が進むはずである。経済危機前には、それが円キャリー取引によって抑えられていただけのことだ。したがって、この期間の円レートが異常に円安だったのである。経済危機によって円キャリー取引が一挙に崩れ、円安の是正が進んだ。しかし、いまに至るまで、完全には是正されていないと考えることができる。そうであれば、いくら介入したところで、今後も円高は継続するはずだ。
そして、雇用については、雇用調整助成金への依存が続くだろう。
これらの政策は、これまでのビジネスモデルを継続したい企業の立場からのものだ。そして、すでに企業に雇用されている人々が失業しないための措置だ。前述したアメリカの80年代の経験からすると、最重要の産業の利益のために経済政策がバイアスを持ってしまうのは、政治経済学的なメカニズムからして、現実には不可避なことだろう。
しかし、そうした政策によって、日本の経済構造の変革は阻害される。これによって被害を受けるのは、これから社会に出る若者達だ。つまり、現在行われている政策は、未来に対する責任放棄にほかならないのである。
早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授■1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省(現財務省)入省。72年米イェール大学経済学博士号取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2005年4月より現職。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書は『金融危機の本質は何か』、『「超」整理法』、『1940体制』など多数。(写真:尾形文繁)
(週刊東洋経済2011年8月27日号)
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