安倍元首相を銃撃した山上徹也被告の「控訴」について私が思うこと。公判で口にした「絶望と危機感」の真の意味
安倍元首相銃撃事件の裁判で、山上徹也被告と協議の上で弁護人が控訴した。昨年10月に始まった公判。私は第3回を除き、すべて傍聴取材した。
周囲で取材していたメディア関係者の間では「山上には争う姿勢が見られない。どんな判決が出ても控訴はしないだろう」という見方をする人が少なからずいた。たしかに一審で「(45歳になるまで)生きているべきではなかった」と口にしたり、結審の直前、裁判長から「最終陳述を行うか」と問われても「ありません」と首を横に振ったことなどが、「争うつもりはない」という見方を強めたかもしれない。
だが、私は山上被告の「控訴」という決断に違和感はない。彼は控訴すべきであったし、実のところ、私は彼に直接そう伝えていた。
山上徹也に直接伝えたこと
私はこれまで計3回にわたって大阪拘置所で徹也氏と面会した。判決が出る前に面会したジャーナリストは私のみだった。
正直、判決前に応じてくれる可能性は限りなく低いと考えていたが、彼は応じてくれた。今年1月14日のことだった。



















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