生物学者が歳をとってわかった「人生の意味」 人間にとって「自我」こそ唯一無二のものである

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そのときに思いついたのが、スイスの言語学者フェルディナン・ド・ソシュールの提唱した構造主義を生物学に当てはめて、進化論をネオダーウィニズムとはまったく異なるパラダイムに書き換えるということだった。

これは簡単に言うと、「生物の形質を決めるのは個々のDNAというよりも、DNAの発現を司るシステムであり、これは進化史的には恣意的に決まる」という考え方だ。

たとえば人間とチンパンジーはDNAの98.8%が同じで、それなのに外形も能力もまったく異なるのだが、その違いは個々のDNAに起因するのではなく、生物としてのシステムの違いによるものだと考える。

あるいはクジラとウシやカバ、キリンなど偶蹄目との違いもそうだ。DNA解析によると、クジラは偶蹄目のカバと系統的に近く、現在の生物学ではクジラと偶蹄目を同じグループに入れる流れがあるのだけれど、それぞれ身体の形態や機能はまったく違う。

これは進化の過程でシステム上の大きな変化が起こったからだと考えられる。

環境に「合わせる」のではなく、環境を「選ぶ」

つまり、ネオダーウィニズムでは環境に適した突然変異が選択されて、生物が徐々に環境へ適応していったと信じられてきたが、そうではないということ。

クジラは水中での生活に適応するために突然変異と自然選択の繰り返しで今の形態になったのではなく、5000万年前のクジラは4本の足で地上を歩いていたが、脚がなくなってしまったので、仕方なく海に生活の場を求めたという考え方である。

そして人間も、環境に自分を合わせるのではなく、自分にとって都合のいい環境を選んで結果的に「適応」したようになるほうが生物として自然なのではないか、というふうに私は考えている。私はこれを「能動的適応」と呼んでいる。

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