「ボーナスがやる気を引き出す」と考える人の誤解 「外発的動機付け」が抱える深刻な問題とは

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エトキンの研究は、金銭と意欲をテーマとしたあらゆる研究を思わせる。ただしここでは、外発的動機付けの要因は金銭ではなく、歩数、「いいね」の数、閲覧数などになる。

金銭をもらうと、やる気が起きてもすぐその活動が面倒になってしまうのは、時がたつにつれて自分の努力が心の中の意欲ではなく、報酬と結びつくようになるからだ

同じように、自分自身について数を数えるようになると――平均歩行速度、歩数、「いいね」の数、ボーナスポイントのどれであっても――少しずつ自分の心の中から意欲が消えてしまうことがある。

計測や定量化の重大な副作用

社会、企業、組織が機能していくためには計測と定量化が必須だという考えは、よく理解できるものだ。

ただここで、「それが役に立たなくなるのはいつなのか」という、興味深い疑問がわいてくる。数字が実績を向上させる存在から実績を低下させる方向に変わるのは、いつなのだろうか

何人かの研究者がこのことに目を向けはじめており、その一部は企業による計測システムとボーナスの利用に注目している。

そうした研究によれば、金銭的なボーナスはあまり大きいとは言えない短期的な効果しか上げず、実際のところ、ボーナスは目的を妨げている可能性もある。

それらの研究の結果は、ジョーダン・エトキンの自己定量化の研究とよく似ており、(ボーナスという形式の)外発的動機付けは、時を経るにつれて内発的動機付けを弱め、ボーナスの目的――と効果――を台無しにしてしまう可能性があるということだ

計測と定量化がもつその他の――何と言うのが正しいかはわからないが、あえて言うなら――「予期せぬ副作用」をいくつか挙げていくのは、それほど難しいことではない。

自分自身を自主的に計測して監視する場合にも、他者によって定量化され計測される場合にも、同じように当てはまる。

まずエトキンは簡潔に、自己定量化は実績を短期間だけ伸ばす場合があるとしても、計測によってやる気と意志がまたたく間に薄れていく可能性があることを指摘した

またもうひとつの明確な副作用として、過度に自己執着的になり、場合によっては自己陶酔と言えるほどになる場合もある。

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