筆跡がみごとであるのはいうまでもなく、無造作に包んだ風情(ふぜい)も、年老いた尼君たちの目にはまぶしいばかりにすばらしく見える。ああ困った、なんとお返事差し上げようと尼君は悩む。
「先だってお通りすがりの折のお話は、ちょっとしたお思いつきのように存じましたが、わざわざお手紙をいただきましては、お返事の申し上げようもございません。まだお習字の『難波津(なにわづ)』の歌すら、ちゃんと続けては書けないのですから、お話になりません。それにしても
嵐吹く尾(を)の上(へ)の桜散らぬ間を心とめけるほどのはかなさ
(激しい山嵐が吹いていずれは散ってしまう峰の桜の、散らないあいだだけお心を留められたとは、ほんの気まぐれではございませんでしょうか)
お手紙を拝見し、いっそう心配でなりません」
と返事を書いた。僧都からの返事も似たようなものだったので、光君は残念でならず、二、三日たってから惟光(これみつ)を使いに送った。その際、
「少納言の乳母(めのと)という人がいるはずだから、その人を訪ねて、くわしく相談せよ」と言い含めた。
もっともらしくいろいろ話すが
なんとまあ、抜け目のないお心であることよ。はっきり見たわけではないけれど、まだほんの子どもだったじゃないかと、ちらりと垣間見た時のことを思い出し、さすがは光君……と、惟光は感心すらしてしまう。
光君からわざわざ手紙を送ってもらったので、僧都も恐縮して返事をした。惟光は少納言の乳母にも面会を申し入れて会った。源氏の君の気持ちや言っていた言葉、日頃の様子までくわしく話して聞かせた。口の達者な惟光は、もっともらしくいろいろ話すが、姫君はまだどうともできないお年なのに、源氏の君はいったいどういうおつもりなのだろうと、僧都も尼君も気味悪くすら思うのだった。光君は心をこめて書いた手紙に、ふたたび結び文を入れている。
「その一字一字たどたどしくお書きになったお手紙がやはり拝見したいのです」
あさか山浅くも人を思はぬになど山の井(ゐ)のかけ離(はな)るらむ
(あなたを浅くも思っておりませんのに、どうして相手にならず、かけ離れてしまわれるのでしょう)
尼君からの返事は、
汲(く)みそめてくやしと聞きし山の井(ゐ)の浅きながらや影を見るべき
(汲みそめてくやし──うっかり汲んでしまって後悔したと古歌にも詠われた山の井のように、あなたのお心のその浅さでは、どうして姫君を差し上げることができましょう)
というもので、惟光はこれをそのまま光君に伝えた。
「尼君の御病気が多少とも快方に向かわれましたら、もうしばらくのあいだここで過ごして、京の邸(やしき)にお帰りになってからご挨拶申し上げましょう」という少納言の返事を光君はもどかしく聞いた。
次の話を読む:「逃れようのない宿縁」、光君と藤壺が犯した大罪
*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです
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