背景には、故人の面影を残すツールとして、低コストで管理も容易な遺影がすでに普及していた事情があっただろう。また、デスマスク特有の生々しさが時代に合わなくなっていった側面も否めない。実際のところ、最近は多大な業績を残した人が亡くなっても、デスマスクを取るという発想にはなかなか至らないだろう。
漱石山房記念館でも、漱石のデスマスクを目の当たりにしてその生々しさに衝撃を受ける来館者は多い。同館スタッフの亀山綾乃さんは「小中学生の来館も多いのですが、亡くなったときに型を取ったんだよと話すとすごくびっくりされます」と話していた。
コロナ禍の犠牲になった少年
しかし、需要が完全に途絶えたわけではない。千葉市にある国内唯一のデスマスク制作専門会社・工房スカラベには、今も遺族からの依頼が定期的に届いている。2016年の開業以来、代表である権藤俊男さんは関東圏を中心にこれまで50人を超える故人の顔や利き腕から型を取ってきた。
最も多い依頼は故人の子供や配偶者からのものとなる。90代で亡くなった母の姿を残したいという女性や、開業医だった父のデスマスクを取ってほしいという跡継ぎの男性、若くして病死した夫に側にいてほしいという女性など、依頼の背景は様々だ。
親からの相談もある。たとえば、2022年の夏に届いた依頼は若い女性からのものだった。8歳になる息子が新型コロナで倒れ、3カ月の闘病の末に帰らぬ人となってしまったのだという。
権藤さんは「自らネットで検索して依頼される人がほとんどです。クチコミや葬儀社からの紹介といったケースはほぼありません。デスマスクや手形を残すという選択肢に気づいていない人がまだまだ多いのではないかと思いますね」と語る。
アトリエには、90年以上の人生を歩んだ人の面や、あどけなさの残る少年の手形の試作品が残されていた。いずれも細部を眺めれば眺めるほど生々しさが感じられる。
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