自衛官を国際貢献で犬死にさせていいのか 海外派遣の前に考えるべきこと(下)

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包帯や止血帯、チェストシールなど多くの構成品は使い捨てだ。このため訓練用のキットが必要なのだが、陸幕がそのような訓練用キットを調達しているかどうかは確認できていない。ただ複数の納入業者に確認したところ、個々のアイテムの訓練用のものの、調達数はほとんどないとのことだった。これでどうしてすべての隊員に訓練を行わせることができるのだろうか。このことからも、本当にすべての隊員が30~50時間も衛生訓練を行っているかもこれまた極めて疑わしい。

陸幕広報は「有事所要の具体的な備蓄数については、お答えを差し控える」としているが、これらの調達はすべて競争入札で公告され、結果は公開されている。情報公開を請求すれば防衛省は調達の実態を公表する義務がある。これを「軍事機密」のように扱い、隠す理由はないはずだ。

(提供:米陸軍)

これらのことから、陸幕広報室の「すべての隊員に訓練を施し、有事に備えて、国内用にないアイテムを備蓄している」という説明はかなり疑わしい。現場では単に「行ったこと」にしているのではないだろうか。

そもそもそのような備えをしているのであれば、すべての隊員に海外用キットを支給すべきだ。筆者の知るかぎり、世界中でファースト・エイド・キットを、陸自のように国内用・国外用で分けている奇異な軍隊は存在しない。

実際にゲリラ・コマンドウ、島嶼防衛などの有事は何年先に起こるという予告があるわけではない。また、東日本大震災のような大規模災害も同様だ。そのような有事に備えるのであれば、平時からすべての隊員に海外用のキットを支給すべきだろう。

先に検証したように「個人携行救急品」と米陸軍のIFAKIⅡが、ほとんど同じというのは事実ではない。そして筆者が取材したかぎり、すべての隊員がPKO用キットを使って訓練を行っているわけではない。有事に備えて備蓄をしているという話も極めて疑わしい。

これらの事実は、大きな問題だ。しかし、より大きな問題といえるのは、この事実を防衛大臣、そして政権与党に伝えず、歪曲した内容の報告をしていることだ。

このような「誤った事実」を基に、現在の国会で集団的安全保障の関する議論が行われていることなる。

犬死にするならば国際貢献などするな

文民統制のキモは、政治家が人事と予算を掌握していることだ。これらを担保するのは情報である。政治家や納税者が偽りの情報、あるいは「大本営発表」的な情報が提供されるのであれば、それは暴力装置(最近は自民党的には「実力組織」というようだが)による情報操作であり、文民統制の根幹を侵すものである。このような情報を基に文民統制が行なわれるのであれば、道を踏み外すことになるだろう。

実際に海外での「戦死者」手脚や視力を失った隊員が出た場合に、防衛省、自衛隊は納税者からの信用を失うだろう。そして、いったん失った信用は容易に回復しない。現状の戦争ごっこをやる程度の認識で実戦を行えば、大変なことになる。

筆者は、自衛隊による国際貢献が国益上必要であるならば行うべきだと考えている。また、その場合に、人的損害が出ることもやむをえないと考えている。ただそれは、わが国が独自の情報を基に、確固たる信念に基づいて行い、万全の準備を怠らないことが前提だ。100%の安全は期待できないが、ベストを尽くすことは必要なはずだ。

政治家や納税者に、防衛省や自衛隊ができないことをできると吹聴し、それを真に受けて誤った決断をすれば、後で悔やむことになる。できます、大丈夫です、という言葉を信じて軍事作戦に参加し、自衛官が犬死にするならば、国際貢献などしないほうがはるかにマシである。

清谷 信一 軍事ジャーナリスト

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きよたに しんいち / Shinichi Kiyotani

1962年生まれ、東海大学工学部卒。ジャーナリスト、作家。2003年から2008年まで英国の軍事専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』日本特派員を務める。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関Kanwa Information Center上級アドバイザー、日本ペンクラブ会員。東京防衛航空宇宙時評(Tokyo Defence & Aerospace Review)発行人。『防衛破綻ー「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『専守防衛-日本を支配する幻想』(以上、単著)、『軍事を知らずして平和を語るな』(石破茂氏との共著)など、著書多数。

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