紫式部が女部屋に侵入した男に取った大胆行動 和歌を送った紫式部、書かれたその内容とは?
さて、人々の罪穢を祓い流す仕事は、本来は陰陽師(陰陽博士)が行うものでした。
しかし、川原に着いてみると、そこにいたのは、紙の冠を坊主頭にかぶり、陰陽師の真似事のようなことをやっている僧侶でした。もしかしたら、その僧侶は陰陽師の真似事のようなことをして、人々から謝礼を受け取っていたのかもしれません。それを見た式部は憤り、前掲の歌を詠んだのではないでしょうか。
若いころから批判精神が備わっていた
陰陽師でもないのに、得々として、お祓いをしている僧侶の態度を嫌らしいと感じたのでしょう。この歌は、式部17歳頃のものとも言われており、式部の心には、批判精神というべきものも、育っていたと言えるでしょう。
(主要参考文献一覧)
・清水好子『紫式部』(岩波書店、1973)
・今井源衛『紫式部』(吉川弘文館、1985)
・紫式部著、山本淳子翻訳『紫式部日記』(角川学芸出版、2010)
・倉本一宏『紫式部と藤原道長』(講談社、2023)
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