黒柳徹子の「質問」にゴルバチョフのすごい返し タレントというジャンル確立した彼女の仕事観

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100歳になるまで続けたい、と冗談まじりに言う黒柳は、その早口なおしゃべりと、デートや離婚、そして最近増えてきた死といった話題でゲストを引き出すコツで知られている。

韓国系カナダ人俳優で歌手のアン・ヒョソプ(28)が今月番組に出演したように、彼女が若い世代を取り込もうと努力している傍で、最近のゲストの多くは、加齢による病気や同業者の死について語る。

「日本のテレビ史の体現者のようなもの」

第2次世界大戦を生き延びた彼女は、日本のテレビ界で早くから俳優としてブレイクし、その後、独特のスタイルを持つ感じのいいインタビュアーとしてニッチな道を切り開いた。

単にインタビューする人物になるのではなく、自らをキャラクターに仕立て上げることで、彼女は「タレント」(英語のtalent=才能を日本語化したもの)と呼ばれる日本のパフォーマーのジャンルを確立した。

イェール大学で東アジア文学と映画を教えるアーロン・ジェーロー教授は、「ある意味、彼女は日本のテレビ史の体現者のようなものだ」と語る。

黒柳は、その長寿によって何よりも際立っているが、圧倒的に男性が多い環境における先駆的な女性でもあった。

1972年にバラエティ番組の司会者になりたての頃、質問をすると「黙っていろと言われました」と、彼女はその日のうちに3つのエピソードを収録したスタジオ近くのホテルで、2時間近くに及ぶインタビューで振り返った。

「あの時代から日本は変わったと思います」と彼女は話す。

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(写真:Noriko Hayashi for The New York Times)
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