先進国で「出生率低下」嘆く人に知ってほしい視点 大家族を作らないという選択は「利己的」なのか

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こうしたことから考えると、未来は子だくさんの文化を育むことができ、それを維持することができ、かつ自分たちから離れていく人数を低く抑えることができる社会に委ねられていくように思える。

子だくさん高学歴女性のストーリー

ある金曜の朝、わたしは2人の女性の友人に頼んで、人口についてのディスカッションに付き合ってもらった。すでに述べたように、高学歴の女性ほど子供の数が少ないという傾向があるのだが、この2人はこの傾向から外れているので、ぜひとも話を聞いてみたかったのだ。

サラはケンブリッジ大学卒で、6人の子供がいる。ヴィッキーはオックスフォード大学卒で、7人の子供がいる。2人はなぜそんなにたくさんの子供を望んだのかを知りたかった。

サラもヴィッキーもユダヤ教正統派だが、ものの見方は現代的である。わたしが感じたのは、この2人の子だくさんは、厳密な意味での宗教的義務などではなく、多産文化に組み込まれた子供への愛情によって説明できるのではないかということだった。ヴィッキーは自宅で地域紙の編集をしている。サラは子供が生まれるまで弁護士だったが、今は外では働いていない。

2人は知的で高学歴だが、自分にできることのなかで出産・子育てがもっともやりがいがあると感じている。「7人の子供を産んで、その全員を心豊かな、分別と責任感のある人間として社会に送り出すっていうのは、このうえなく創造的でやりがいのあることだもの」とヴィッキーは言う。

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