ドイツ「最大のタブー」を揺るがすイスラエル攻撃 ユダヤ人とイスラムの団体がそれぞれ語る懸念

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ハッジョ氏も「イスラエル・ネタニヤフ政権の閣僚の1人がガザに原爆を落とすと言った。オスロ合意(1993年)を無効にしたのは(ラビン元首相を暗殺した)ユダヤ人の極右だが、西側諸国はそうした事実を大きく取り上げない」と不満を口にした。

ロシアによる侵略と、イスラエルによるハマス掃討作戦を同一視する議論は、西側諸国にとっては受け入れられない。他方、イスラム教徒の間やアラブ世界では「欧米の二重基準」は頻繁に耳にする主張だ。

マツエク氏は、ドイツ社会の分断が拡大している現状を指摘する。

「民主主義に対する信頼の欠如、体制に対する不信が進み、ドイツ社会がバラバラになり漂流することが危険だ。危機が、極右、極左、イスラム過激派といった勢力を強めることを恐れる」

反イスラムの排外主義を正当化する動きも

戦後ドイツは、ナチ・ドイツによるホロコーストを最大の歴史的教訓としてきた。従って、反ユダヤ主義と見なされる歴史認識や活動に対しては、法的手段も動員して、徹底して芽を摘み、表面化させない努力を続けてきた。

しかし、ハマスのテロを機に街頭で公然と反ユダヤ主義のスローガンを叫ぶ人々が現れた以上、こうした強力なタブーは形骸化していくことも考えられる。

この筆者の疑問に対して、マツエク氏は「右派ポピュリズム政党の『ドイツのための選択肢』(AfD)などによる、反ユダヤ主義の罪を拒否するプロセスはすでに進んでいる。それにイスラム教徒からの(反ユダヤ主義に対する罪を軽減する)相対化の動きが加わっている」と、すでに変化が起きているとの見方を示した。

ナチ・ドイツのタブーが強い戦後ドイツ社会では、イスラエルの政策に対する批判は、そのまま反ユダヤ主義と見なされる傾向があった。それに対する疑念も強くなっている。

『シュピーゲル誌』は「イスラエルの政治指導者を批判すると、反ユダヤ主義との批判に晒されるが、政治合理的な批判であれば反ユダヤ主義的ではない」と指摘する。

ただ、イスラムテロを研究するラハフ氏は「イスラエルを批判する人すべてが反ユダヤ主義者ではないが、多くの批判者が反ユダヤ主義を動機としている」と、反ユダヤ主義を抑え込む規範が薄まることへの懸念を示す。

こうした反ユダヤ主義的な傾向が広まることへの警戒と同時に、マツエク氏は反イスラムの動向にも警戒する。

「興味深いことに(もともと反ユダヤ主義的傾向があった)右派が、『われわれはイスラエルの友人だ』と言い始め、イスラム教徒に対する排外主義を正当化しようとしている。少なからぬ人が、『反ユダヤ主義と戦う』と言って、反イスラム教、反パレスチナの排外主義を広めているようだ」

イスラエルとハマスの紛争をきっかけに生まれている社会意識の変化の行方が注目される。
三好 範英 ジャーナリスト

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みよし・のりひで / Norihide Miyoshi

みよし・のりひで●1959年東京都生まれ。東京大学教養学部卒。1982年読売新聞社入社。バンコク、プノンペン、ベルリン特派員。2022年退社。著書に『ドイツリスク』(2015年山本七平賞特別賞受賞)『メルケルと右傾化するドイツ』『本音化するヨーロッパ』『ウクライナ・ショック 覚醒したヨーロッパの行方』など。

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