ロス続出?「セクシー田中さん」結構ヒットした訳 令和のドラマらしい「穏やかさ」が安眠導入剤に

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外側から強い力によって変えられるのではなく、自分らしさを大事にしながら、ゆるやかにより良い方向に変わることができたらどんなにか良いだろう。田中さんは、一見ふしだらに見えて、自由の象徴のようなベリーダンスの本質を例に自分の生き方を考える。

「他者の意見をはねのけて強くありたいか。すべてを内包してやわく共存したいか」

この哲学的な問いは極めて重要である。

田中さんに影響され、男性陣も変わっていく

変わっていくのは、田中さんや朱里だけではない。男性陣もまた……。合コンを率先して仕切っていたちゃらい小西(前田公輝)は実はかつて非モテだった。社会人になると肩書で女性が寄ってくるようになり、そのことに虚しさを感じながら遊ぶ日々を過ごしていた小西は、田中さんや朱里たちとの交流を通して、朱里に真面目に交際を申し込むまでに変化していく。

また、小西の仕切りで朱里と合コンをしたことのある笙野は過去、手ひどい振られ方をして、女性不信なところがあった。はじめて、田中さんのベリーダンスを見たとき、ベリーダンスをふしだらという先入観から、おばさんが無理していると軽蔑するようなことを言う。

ちゃらい小西よりも、エイジレス、ジェンダーレスの時代に逆行する笙野のほうが最低最悪な人物と視聴者の反感を買ったものの、彼もじょじょに変わっていく。田中さんの内面に惹かれて、逆に、田中さんを応援し、彼女が会社での立ち位置を変えるほどの影響を与えるようになる流れは清々しかった。

一方的に男性たちを責めるのではなく、彼らの女性に対する失礼な言動の要因は実は女性にあったという観点は、とてもフェアである。

やがて、笙野はお見合いで、理想的な女性・ふみか(朝倉あき)に出会うが、彼女が気に入ってくれている自分の良い面は、田中さんとの交流を通して引き出されたものであることに気づいて、心をざわつかせる。

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