「初日の出を拝む」は意外に新しい習慣だった 実はよく知られていない"正月行事のしきたり"

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それほどまでに「水」にこだわったのは、年神様に供えたり、雑煮をつくったりするのに使ったから。また、この若水を飲めば、一年の邪気を払うことができると信じられていたからでもあるようだ。

【鏡餅】なぜ丸餅を2つ重ねるのか

正月に餅を食べる習わしは、中国で元旦に硬い飴を食べる習慣にあやかり、宮中で「歯固め」の儀式として始まったことに由来する。

だが日本ではそもそも、餅はハレの日に神様に捧げる神聖な食べ物と考えられていた。そこで室町時代以降、正月に年神様に供える目的で、床の間に「鏡餅」を飾る習慣が定着していったのだ。

鏡餅は、半紙を敷いた三方(三方の側面に透かしのある四角形の台)に、大小二つの丸餅を重ねてのせ、ダイダイ、昆布、ウラジロ、ユズリハなどを添えるのが一般的です。ダイダイ、ユズリハは、しめ飾りと同様の理由で用いられ、昆布には「子生」「子生婦」という字を当てることもあることから、子孫繁栄の願いが込められています。

ウラジロはシダの一種で、白い葉の裏を見せるように裏返して飾ります。その白さが「裏を返しても心は白い」という潔白と、「夫婦共白髪(ふうふともしらが)」という長寿のしるしであり、二葉が相対していることから、夫婦和合の象徴ともされています(44ページより)
鏡餅の飾り方を表したイラスト
鏡餅の飾り方(出所:『新装版 日本人のしきたり』)

鏡餅と呼ばれるのは、昔の鏡が円形だったから(意外と理由はシンプルだ)。

その鏡は人の魂(心臓)を表す神器であり、そこから丸餅になったということのようだ。

気になるのは、なぜ丸餅を2つ重ねるのかという点だが、これは月(陰)と日(陽)を表しており、「福徳が重なって縁起がいい」と考えられたから。

かつては年末になると鏡餅用に多くの家で餅つきをしたものだが、12月31日の大晦日につくのは「一夜餅」、また12月29日につくのは「苦餅」といわれたため、これらの日につくのは嫌われた。上記の門松と同じ発想だ。

ともあれ正月中は1月11日の鏡開きまで、家の床間などに大きな鏡餅を飾り、各部屋に小さな鏡餅を飾ったりする。

おせちや雑煮は正月料理ではなかった

【おせち料理】もとは正月料理ではなかった

「おせち」は、もともとは季節の変わり目の節句(節供 せちく)に、年神様に供えるための「お節」料理でした。それが、やがて大晦日の年越しのときに食べるようになり、年に何回かある節句のなかでも正月がもっとも重要ということから、正月料理に限定されるようになりました(46ページより)

当初は「松の内」の間じゅう食べるものだったが、次第に正月三が日に食べるのが通例となっていったらしい。

おせちは年神様に供えるための供物料理であるとともに、家族の繁栄を願う縁起ものの家庭料理でもある。

そのため「めでたい」とされる日持ちのする材料でつくり、家族が食べるだけでなく、年賀に訪れるお客様にも出せるようにと、重箱(お重)に詰めておくのが一般的だ。

重箱は中身によって区分けしてあり、一の重には口取り(かまぼこ、きんとん、伊達巻きなど)、二の重には焼物(ブリの照り焼き、イカの松風焼きなど)、三の重には煮物(レンコン、里イモ、高野豆腐など)、四(与)の重には酢の物(紅白なます、酢レンコンなど)を入れるのが習わしで、さらに五の重を用意するところもあります(47ページより)
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