読書好きの徳川家康が熱心に読んだ「ある1冊」 侍医の板坂卜斎は家康を学問好きと評した
太宗は魏徴の言葉をとてもよいものと受けとめた。魏徴は、名君と暗君の違いは、多くの人の意見を聞くか否かにあると語っている。『貞観政要』の要諦は、そこにあると言えるだろう。
とは言え、名君と言われた太宗であっても、完璧ではないし、家康でもそうだ。
忠告を聞かなかった家康
家康は元和2年(1616)3月、腹部に腫瘍を発見するが、医学や薬に精通していた家康は、自己診断し、万病円という丸薬を服用。それを諌めたのが、家康の侍医・片山宗哲だった。
中国古典や『貞観政要』を愛読している家康ならば、宗哲の諫言を聞き入れるかと思いきや、さにあらず。機嫌を損ねて、宗哲を信濃国に配流としたのだ。家康を論語読みの論語知らずというつもりはないが、いかに名将と言われる人であっても間違いもあることを知ることが、歴史の教訓となるのではないか。
(主要参考文献一覧)
・笠谷和比古『徳川家康』(ミネルヴァ書房、2016)
・藤井讓治『徳川家康』(吉川弘文館、2020)
・呉兢編纂、石見清裕訳『貞観政要 全訳注』(講談社、2021)
・本多隆成『徳川家康の決断』(中央公論新社、2022)
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