読書好きの徳川家康が熱心に読んだ「ある1冊」 侍医の板坂卜斎は家康を学問好きと評した

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太宗は、忠告してくれる人の大切さを実感し、魏徴を諫議大夫に任命した。時には、魏徴を寝室に招いて、意見を聞くほどだったと言われている。

太宗は、魏徴を重用する理由を「私が嫌な顔をしても、いつも切実に諫めて、私の非道を許さない。私が彼を重用するのは、そのためだ」と語っている。

政治の世界においては、周りを「友達」で固めたり、裏切らない官僚出身の政治家を重職に採用したり、反対意見の者を異動・左遷する例が見られるが、そうしたところから悪い意味での「忖度」が生まれ、意見をしてくれる人が減っていく可能性も高い。

多くの人の意見を聞くことの重要さ

しかし、それでは、よい政治をすることはできないだろう。同書には次のような問答も掲載されている。

貞観2年(628)、太宗は魏徴に次のように尋ねた。

「よい指導者、悪い指導者は何をもってそういうのであろうか」と。

魏徴はこのように答える。

「君主がよい指導者といわれるには、多くの人々の意見を聞くことです。悪い君主は、限られた人の言うことのみを信じます。『詩経』(中国最古の詩集。前9世紀から前7世紀頃の詩を収録。儒教の経典の1つでもある)にはこのようなことが書いてあります。

先人は言った、薪を刈る人にも問えと。

尭や舜(いずれも中国古代の伝説上の帝王)は、四方の門を開き、よい人材を集め、広くさまざまなことを見聞しました。

その優れた知恵と人徳は四方を照らし、無能な輩や、言行一致しない者も尭・舜を惑わすことはできませんでした。

秦の2世皇帝は、宮殿の奥深くにひきこもり、人々を遠ざけ、趙高のみを信任しました。だから、天下が乱れても、その情報が耳に入りませんでした。

梁の武帝は、朱异(しゅい)を信任したために、侯景という武将が兵を挙げ宮殿に迫ってもそれを知りませんでした。

隋の煬帝は虞世基という政治家を信任したために、反乱軍が町や村を襲撃しても、それを知らなかったのです。

君主が下々の者の意見を広く聞けば、権力を持つ家臣でも、主君の耳を塞ぐことはできず、下々の事情は必ず上に通じるのです」と。

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