高橋源一郎「歎異抄」の生きる知恵を今のことばに 「歎異抄」は親鸞の「君たちはどう生きるか」だ

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「おもしろいのは、自分ひとりに向かって誰かが語りかけている、あるいは語りかけられているという体験を、親鸞自身がしていることです。アミダというエラいホトケは、この親鸞を救うために誓いを立てられた。そんな気がする。そう親鸞は言っています。常識的に考えるとおかしいですよね。ホトケはあらゆる人びとを救うために誓いを立てたのだから。

でも、それほど個人に寄り添える思想でなければ、ひとりひとりの個人が、それは自分に向かって手を差し伸べた救いなのだと信じられるようなものでなければ、なんの力も持たないのです。そのことを親鸞はよく知っていたのだと思います。そんな親鸞だからこそ、彼のことばもまた、現代の我々ひとりひとりに、直接訴える力を持つようになったのです。

親鸞は、自分は僧侶でも俗人でもない『非僧非俗』の身だと宣言しました。宗教者なのに妻帯し子どもを持ちました。難しいお経を読んだり、理解しなくてもかまわない、と言いました。寺もいらない、修行なんかしなくてもいい、寄進も不要だと言いました。ただネンブツを称えるだけで、誰でも救われると言いました。どれもこれも常識はずれでした。けれど、あらゆる常識を捨てた親鸞のことばは、当時の悩める人びとの心を深いところからつかまえたのです。

あらゆる世間の常識とかけ離れた『歎異抄』は700年前の人びとの心をつかまえました。そこには、時代を超えた普遍的な、人間の智慧が書かれているようにぼくには思えます。親鸞は700年前に『君たちはどう生きるか』と問いかけました。そして、今も、まったく同じように、『歎異抄』の中から、そういうことばが現代の我々に向かって語りかけられているのです」

果たして、現代を生きる私たちの悩みに親鸞ならどう答えるのか。高橋さんに、将来に漠然とした不安を持つ40代のビジネスパーソンの質問に親鸞的思考で答えてもらった。

高橋源一郎が読者の悩みに答える

【質問】

40代になりました。今のところ健康に不安もなく、家庭生活も特に問題はありません。けれど、将来を考えると不安は尽きません。わたしの仕事は、誰にでもとって代わられるようなものです。いや、AIがもっと発達すれば不要かもしれません。かつてのようなやりがいは今は感じられません。どうしたらいいのか、考える端緒さえわかりません。高橋さんの『歎異抄』は、実は『君たちはどう生きるか』なのだそうですが、わたしのような人間へのヒントは書いてあるのでしょうか。申し訳ありません、質問になっていないのかもしれませんが。

【回答】

ご質問ありがとうございます。「パレスチナとイスラエルの争いをどう見たらいいのか」とか「子どもがスマホばかりいじって困っています。とりあげるわけにもいきません。親としてどうすればいいのかお教えください」といった具体的な質問なら、わたしでも簡単に(ではありませんが)答えられます。でも、人びとの悩みの大半は、もう少し曖昧なものなのかもしれません。そして、そちらの方がずっと答えにくいのです。

『歎異抄』は、弟子の唯円が師の親鸞が亡くなって遥か後、師のことばを思い出しながら書いた本です。そこに書かれた親鸞のことばを読むと、どれもが、我々ふつうの庶民たちが抱えている、曖昧で答えにくい問いへの回答になっているような気がします。そんなことばは、わたしも他では読んだことがありません。一冊まるごと読めば、読み終わった後で、なにか大きなことを教えられた、そう感じることができる本なのだと思います。

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