日本発ラグジュアリーブランドが生まれない理由 製品開発論研究者が語る日本流ものづくりの限界

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その奇跡のコンクパールを、カルティエが2000万円で買ったと後日聞いた。山口氏はそれをもとはメキシコのバハカリフォルニアの漁村の小さな業者から買い付けたのだった。カルティエくらいになると、おそらく2000万円の素材を真ん中にいろいろジュエリーとして飾って小売価格はその10倍、2億円くらいに商品化したのではないか。

もちろん、そのジュエリーは小売店頭には並ばず、富豪の常連客に外商が持っていったはずである。そのヘッドになる素材を、貧乏院生時代の私が見ていて、もう、脳がリラックスする治療薬のような効果があった。それから数日は、なんだかうっとりして、研究生活の気鬱が晴れていた。

ラグジュアリーには中核の美が不可欠

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筆者にはそういう経験があるので、ラグジュアリーは全部が記号で幻想だとは思わない。どんなラグジュアリーも、その真ん中に本当の「美」がないと、いずれ顧客は乗せられなくなり、いっときのブームで終わる。しかし、中核の美がしっかりしていると、まずその価値がわかるプロたち、通人が評価する。

その評価を参考に、直接はその美を感じられない素人も、その業者から買う気になる。そうやって雪だるまのように周辺に幻想がくっついて大きく膨らんでいく。その周辺では、ラグジュアリーとして売買されるのは、やはり記号としての価値である。

筆者にはこの原体験があるので、世の中には、もし自分にお金があれば大枚はたいて買いたくなるような、生理的に心地よい、それを目の前にすると言葉を失うような「美」が、確かに実在していることを知っている。それはもう触れた瞬間にわかる、感性への絶対的な衝撃で、何か記号の表徴作用と混同するような余地がない、圧倒的な驚きがある。

三宅 秀道 経営学者、専修大学経営学部准教授

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みやけ・ひでみち / Hidemichi Miyake

1973年生まれ。神戸育ち。1996年早稲田大学商学部卒業。都市文化研究所、東京都品川区産業振興課などを経て、2007年早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得退学。東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター特任研究員、フランス国立社会科学高等研究院学術研究員などを歴任。専門は、製品開発論、中小・ベンチャー企業論。これまでに大小1000社近くの事業組織を取材・研究。現在、企業・自治体・NPOとも共同で製品開発の調査、コンサルティングにも従事している。著書に『新しい市場のつくりかた』(東洋経済新報社)、『なんにもないから智慧が出る』(共著、新潮社)がある。

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