脳損傷の患者に「脳インプラント」という光明 初の有効な治療法になる可能性
シフ氏の研究チームは、脳の構造に関する長年の研究に基づいて試験を設計した。これらの研究によると、私たちが作業に集中する能力は、ニューロン(神経細胞)の長い枝によって互いにリンクされた脳領域のネットワークに依存している。各脳領域は相互に信号を送り、ネットワーク全体をアクティブに保つ回路を形成する。
自動車事故や転倒などで脳が急に衝撃を受けると、ネットワーク内の長距離接続の一部が切れて昏睡状態に陥る可能性がある、というのがシフ氏らの仮説だ。回復の過程で、ネットワークは再び力を取り戻せるかもしれないが、脳が深刻なダメージを受けると、完全に回復しないこともある。
シフ氏らは、脳の奥深くにある構造がネットワークの重要なハブであることを突き止めた。外側中心核と呼ばれる部位で、アーモンドの殻ほどの大きさと形をしたニューロンの薄いシートだ。
人間の脳にはこのような構造が2つ、つまりそれぞれの半球に1つずつあり、夜には睡眠のために脳を静かにさせ、朝には脳を活性化させるのを助けているとみられる。シフ氏の研究によると、これらの領域のニューロンを刺激することで、眠っているラットを目覚めさせることができるという。
パーキンソン病では同様の治療法が普及
こうした研究により、外側中心核を刺激すれば外傷性脳損傷を受けた人々が集中力や注意力を取り戻すのに役立つのではないか、という可能性が浮上した。
外科医はパーキンソン病患者に電極を埋め込む手術を普通に行っている。脳に埋め込まれた電極から毎秒何百回と放出される微弱な電気パルスは、隣接するニューロンに信号を発するように指示し、脳の機能を部分的に回復させる。
2018年、シフ氏の研究チームは治験ボランティアの募集を開始。そこには事故後何年も慢性的な問題に苦しんでいたアラタさんも含まれていた。電極を挿入する前に、研究チームはボランティアに対し、集中力や作業の切り替え能力を判定する一連のテストを実施した。文字と数字が書かれた紙を受け取り、できるだけ速く順番に線で結んでいく、といったものだ。
手術前に研究者らは各ボランティアの脳をスキャンして正確な地図を作成し、スタンフォード大学の神経外科医ジェイミー・ヘンダーソン氏が、電極を脳の外側中心核まで導いた。