「脂肪」は私たちの健康の敵ではないといえる根拠 分子生物学者が三大栄養素を化石燃料に例えてみた

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私たちの身体に蓄積される脂質のことを特に脂肪と呼びます。飽食の時代とも言われる現代、先進国では脂肪が健康の敵のように扱われがちです。最先端の科学雑誌ですら、ダイエット(脂肪を減らすことや蓄積させないこと)に関する論文が頻繁に掲載されています。

優秀な分子である脂肪がこのような扱いを受けていることに、生物学者として一抹の寂しさを覚えざるをえません。

脂肪は敵ではない

私たちの身体が脂肪を蓄積させる最大の理由は、そのエネルギー効率の高さです。タンパク質と炭水化物は1gあたり約4kcalのエネルギーを発生させることができますが、脂肪に関するその数値はその2倍以上、約9kcalになります。

同じ体重を持つ生物個体AとBがいて、AとBの間に生存競争があったとしましょう。

その場合、BがAの2倍以上のエネルギーを持っていて、それ以外の条件が同じであるならば、Bが勝利します。これが、脂肪が優れたエネルギー分子だと言える所以です。

脂肪が優秀である別の理由は、脂肪の主成分である脂肪酸の活用法にあります。脂肪酸は方向性を持つ細長い分子です。

一方の端から他方の端まで長さのある分子と考えてください。ミトコンドリアにおいて、エネルギー源として用いられるのは尾の先っぽの部分だけです。使われる際、そこが切り取られ、その部分はアセチルCoAという分子に変化し、ミトコンドリア内で行われるエネルギー産生の代謝反応に加わります。

希望の分子生物学
(出所)『希望の分子生物学:私たちの「生命観」を書き換える』

面白いことに、切り取られた残りの脂肪酸は、切断面から化学反応が起こり、再びエネルギー源として利用できる部位が形成されます。

希望の分子生物学: 私たちの「生命観」を書き換える (NHK出版新書 709)
『希望の分子生物学: 私たちの「生命観」を書き換える』(NHK出版新書)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

つまり金太郎飴のように、脂肪酸は切っても切ってもエネルギー源として利用できる部位が出てくるというわけです。

この特有の反応をβ酸化と呼びます。βは炭素の位置を示すもので、脂肪酸では、切っても切っても、長さが続く限りβの位置にあたる炭素を含む末端が出現します。このような脂肪酸を主成分とする脂肪は使い勝手がよく、優れたエネルギー源となるのです。

エネルギー効率が圧倒的に高く、使いやすいため、生物進化の過程で脂肪がエネルギー源に選ばれたのは自然なことと言えます。脂肪に対する理解とその価値を再評価することで、より健康的な視点を得ることができるのではないでしょうか。

黒田 裕樹 慶應義塾大学 環境情報学部 教授

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くろだ ひろき / Hiroki Kuroda

1973年京都生まれ。名古屋大学理学部分子生物学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科修了(博士)。UCLAにてポスドク、静岡大学教育学部理科教育講座にて准教授を務めたのち、慶應義塾大学環境情報学部准教授を経て、現在同大学教授。主な研究テーマは発生生物学。アフリカツメガエルなどを用いて脊椎動物の初期発生過程の形づくりにかかわる分子機構を解析している。その影響で、近辺の別分野の教員からはカエル屋とも呼ばれる。著書に『休み時間の分子生物学』。

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