はたして、この時期に大統領とザルジニー氏は本当に戦況判断をめぐり対立しているのか。ザルジニー見解はそれを証明したものなのか。そこで、筆者はウクライナの軍事筋やその他のウクライナ人専門家の見解を集め、分析した。
結論から書こう。今回のザルジニー見解は、大統領と総司令官の間に根本的対立があることを反映したものではない。そもそも、ザルジニー氏は「膠着状態」に陥ったと断定していない。膠着状態を意味する「陣地戦」に近付いていると指摘しているだけだ。
ゼレンスキー氏が「膠着状態でない」と発言し、大統領府高官が見解の対外的公表に苦言を呈したことで、意に反して「対立」の印象を強めてしまったと筆者は判断している。
大統領批判・不満表出ではない
もちろん、政治指導者である非軍人のゼレンスキー氏とザルジニー氏の間で反転攻勢の戦略・戦術をめぐり、何らかの意見の違いがある可能性は大いにある。その前例はある。今なお激戦地になっている東部ドネツク州の要衝バフムト防衛などだ。
軍事的価値はないので撤退もやむなしと見ていた軍部に対し、ゼレンスキー氏が政治的観点から死守を命じたため、結果的に今もウクライナ軍は多くの兵力を失う羽目になってしまっているのは事実だ。当時、軍部に不満はあった。
しかし、今回の見解発表に限って言えば、ザルジニー氏の真意は、大統領批判でも不満表出でもなかった。戦争長期化を回避し勝利するために、ウクライナ政府内や米欧に対し、先述した5つの弱点克服が喫緊の課題だとアピールし、米欧などに武器支援の質量両面での拡充を求めたものにすぎなかった。
さまざまな臆測を招いたザルジニー見解について、真意を極めて的確に捉え、その意義を積極的に評価した人物がいる。有力な軍事専門家であるロマン・スビタン氏だ。
曰く「軍司令官は分析を求められたら、つねに回答を示さなければならない。その答えを示せない司令官は解任されるべきだ。司令官は打開策のメカニズムを提示しなくてはならない。その意味でザルジニー氏は的確に答えた。前向きな内容だ」と。
つまり、戦況が膠着化したという後ろ向きの報告ではなく、文字通り、今後の膠着回避に向けた打開策を示したという解釈だ。
そのスビタン氏の指摘通り、実はザルジニー氏は『エコノミスト』誌で公表される前に、ウクライナ政府に対し、この見解を打開策として提示していた。
その結果、重要な決定がなされたもようだ。膠着状態に陥る前に、ロシア軍に対し2023年11月以降の冬季に新たな大規模な攻勢を掛けるという戦略がひそかに採用された、と軍事筋は証言する。
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