では、このプーチン外交は思い通り、うまく進むのか。筆者はいくつか疑問を持つ。まず、何と言っても、戦争を仕掛けているロシアに対し、GS諸国が今の中立から軸足を移すとは考えにくい。
さらにロシアにとって、大きなリスクが出現してきた。イスラエルとの関係悪化だ。ネタニヤフ首相はこれまでに10回以上もロシアを訪問し、プーチン氏を「親愛なる友人」と呼ぶ関係を築いてきた。
ウクライナ侵攻後も、イスラエルはウクライナが求めた武器供与には応じず、西側制裁にも加わらず、実質的な中立を保っている。プーチン氏は、アラブ諸国との伝統的な友好関係に加え、ネタニヤフ首相との信頼関係を築くことで、ロシアを頂点に微妙な二等辺三角関係を築いていた。
「友人に背中を刺された気分」のイスラエル
イスラエルにはソ連時代からユダヤ系の移住者が多く、現在も多い。人口約900万のイスラエルで、ロシア・ウクライナ系は約120万人に上るといわれる。選挙でも大きな票田だ。
しかし、今回のハマス攻撃後のロシアのハマス寄り、あるいはアラブ寄りの姿勢を受け、ネタニヤフ首相は「友人に背中を刺された気分」(ロシア系ユダヤ人軍事専門家、グリゴーリー・タマル氏)と言われている。
タマル氏によると、イスラエル・メディアの論調はすっかり反ロシアに傾いている。イスラエルは高性能な兵器生産国であり、プーチン政権への反発から、今後ウクライナに武器供与を始める事態は、ロシアにとって、悪夢ともいえるシナリオだ。
さらにハマスとの関係でも微妙な情報が出ている。先述したモスクワ訪問時に、ハマス側はロシアからの武器供与と引き換えに、今回の奇襲で取った人質の中に含まれるロシア人の解放を約束したといわれる。
しかし本稿執筆時点でロシア人の人質の解放は報じられていない。ロシアが武器供与に応じていないためと見られている。
今回のパレスチナ危機を巡るロシアの行動を見ると、狙いは先述した「ウクライナ情勢からの国際的注意の引き離し」であり、「地政学的均衡」の回復であって、強力なハマス支援ではない。
元々ウクライナ侵攻を続けているロシアに武器の供与をする余裕はない。これにハマスが、支援は口先だけ、と反発する可能性はある。つまり、今回のプーチン外交はあまりに複雑過ぎて、多くの失敗リスクを内含していると言えるだろう。
筆者としては、ウクライナ侵攻で民間人を標的にした攻撃を続けるプーチン氏がそもそも、悲惨なガザ状況を憂う発言を行う資格はないと考える。資格がないどころか、人命をもてあそぶ、あまりに冷笑的行為だと思う。
この筆者の気持ちをスカッと代弁してくれたのが、ドイツのショルツ首相だ。10月19日、ドイツ議会で、パレスチナ情勢に警告を発するプーチン氏に対し「憤慨なんてもんじゃない」と切り捨てたのだ。
一方で、今回のイスラエル・ハマス戦争ではウクライナも動いた。ゼレンスキー氏の反応は驚くほど素早かった。ハマスによる直後に「テロ攻撃」だと非難し、「イスラエルの自衛の権利に疑いの余地はない」とX(旧ツイッター)に投稿した。
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